[十]三 其翠同道ヨマセ岩屋上条通田中[ニ]入 希杖留守
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「其翠」は、希杖の子其秋。
昨日未刻一天俄にくもりて、積雪三寸に及びぬ。道は泥深く足を埋めて、一尺の歩みをすゝむれば、五寸のすさりをなす。さりながら、かりそめにも約しおきたる言葉捨てがたく、江部むらを過ぎて田中に入る。
此のあたり、この国第一の田どころなれば、土地ひろびろと開け、はるかに千くまの流を望み、遠く山々は雪をかむりて、眺めまれなり。
長々の月日雪間にしのべる草木は、時を得顔に首さしのべて青みわたり、花もまれまれに咲きけり。
とある藪木の陰より鶯の折しり顔に鳴きけるは、春つぐる心になん。
なゝなくな終はつ雪ぞはつ雪ぞ 一茶
『まん六の春』
翌14日早朝の一茶と希杖との一問一答がある。
さりながら、歌一首よまず、画一枚ものさで、ひたすら小田守り耕して老い行くことの浅しき業ならずや。といへば、さにあらず、六十の齢を累ぬれども、未だ一粒の米だに作らず、穀盗人とのゝしられて、罰もあたらずふしぎに長らふるこそ、恥おゝきことになん。といへば、主はじめてからからと笑ひけり。
『まん六の春』
三日 晴
耕さぬ罪もいくばく年の暮
『文化句帖』(文化2年12月)
文化2年(1805年)、一茶は43歳。
十九日 夜 巴水亭会
作らずして喰ひ、織らずして着る身程の、行先おそろしく
鍬の罰思ひつく夜や雁の鳴
『文化三−八年句日記写』(文化4年8月)
文化4年(1807年)、一茶は45歳。
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