信州の俳人

〜小林葛古〜

 本名は勝右衛門正美。宮本虎杖に師事。虎嶺庵梅喬と号した。後、倉田葛三に師事し、葛古と改号。

 寛政5年(1793年)11月29日、八満の小林五郎一の長男として生まれる。

 文化12年(1815年)、葛三に随行し、鴫立庵で越年。

 文化13年(1816年)1月9日、信州へ帰る。

しなぬ人葛古、草庵の年越客なりけり、正月九日古郷のかたへまかるとて、雉啄か馬入川の辺りまて送る。

うらしろをかさに縫ふへきよしもかな


 天保14年(1843年)10月12日、芭蕉百五十回忌に御代田町塩野の真楽寺に芭蕉の句碑を建立。



むすふよりはや齒にひゝく清水哉

明治13年(1880年)6月15日、88歳で没。

陽炎や身はあら土を棲かな

小諸市のチェリーパークラインに句碑がある。

小林葛古の句碑


秋たつや呼べばうなづく人の問

葛古の句

黄鳥に見せうか庭のかくれ蓑


ならの葉やいやといはれぬ秋の声


何事もなく降出して秋の雨


寐ぬ内にはや木がくれぬ盆の月


秋風や逢ふを別の行脚同士(どし)


洗ふにも人手にかけぬすゞりかな


花に只手を合はせたるはかりなり


若水や手早にくむもあとおもひ


「旅のあれこれ」のトップページへ