〜大洪水〜

 明治35年(1902年)9月、日光大日堂は大洪水で総て流され、現在は堂跡に礎石いくつかの礎石を残すのみとなった。

日光大日堂眞景之圖


芭蕉の句碑も流失してしまった。

芭蕉の句碑


明治42年10月、再建。

明治43年の大洪水

 群馬県千代田町上五箇の旧堤防は明治43年(1910年)の大洪水で決壊し、約200メートルほど北に移されて現在の堤防が築かれた。

 明治43年(1910年)8月10日、埼玉県幸手の権現堂提が切れ、浅草の観音様まで水が来た。



 亀戸の梅屋敷は水害で大部分の木が枯れ、大正10年(1921年)完全に滅びたそうだ。

歌川広重『名所江戸百景 亀戸梅屋舗』


 明治43年の大洪水を契機に、「荒川放水路」の開削が着手され、昭和5年に完成した。

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