〜小林一茶ゆかりの地〜

向源寺

上田の旧北国街道沿いに向源寺がある。


向源寺


 文化13年(1816年)9月25日、小林一茶は江戸に出る途中で向源寺に立ち寄った。

向源寺第十四世住職煥沼(かんちょう)の時である。

この時は向源寺に泊まらず、呈蓮寺に泊まった。

   [廿]五 晴 上田棒山貞(呈)蓮寺ニ入

『七番日記』(文化13年9月)

 文政元年(1818年)10月7日、一茶は煥沼と会い、翌8日から25日まで向源寺に滞在する。

   八 晴 煥沼同道 須坂中食
   九 晴 上田向源寺ニ入
   [廿]五 晴 夕雨 三好ニ入

『七番日記』(文化15年10月)

文化15年4月22日、文政に改元。

一茶が向源寺を去るにあたって、煥沼は金八百匹を贈った。

一茶は留別の歌を詠んでいる。

かへし

日数へしきみのなさけを旅衣立ワかるゝぞかなしかりける

12月28日、煥沼は手紙で留別の歌を短冊に揮毫することを依頼した。

短冊は今日でも向源寺に伝えられている。

文政10年(1827年)11月19日、一茶は65歳で没す。

天保5年(1835年)4月26日、煥沼は53歳で他界する。

煥沼は一茶より16歳年下であったことになる。

 その後一茶関連資料は向源寺の土蔵に眠っていたが、昭和10年前後荻原井泉水が初めて一部を紹介し、以後相次いで紹介された。

 昭和46年3月、「渭浜庵留別文」と「知友録」が紹介された。

※「煥沼」の「沼」は「さんずい」ではなく「りっしんべん」。

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