加州の俳人

河合見風 ・ 勝見二柳 ・ 桜井梅室


堀麦水

享保3年(1718年)、金沢の竪町に生まれる。

伊勢派の乙由の子麦浪に師事して麦水の号を与えられた。

宝暦5年(1755年)秋、麥水連中は秋日塚を建立。



あかあかと日はつれなくも秋の風

安永5年(1776年)、『新虚栗』編。

安永6年(1777年)、『新虚栗』刊。

天明3年(1783年)、66歳で没。

麦水の句

名月や折て見たれは只の枝


日最中の花静也虻の声


先へ行く馬は艸喰ふ霞哉


夜はついに明て只居る蛙かな


蛙啼く流れよどむや馬の沓


人は四十一葉や我をはつかしむ


桃実生子と植なとし夕への日


此牡丹白くワびしきは我友歟


既白

曹洞宗の僧。建聖寺の住職。和田希因に俳諧を学ぶ。高桑蘭更と同門。

宝暦13年(1763年)、芭蕉の句碑を建立。


蕉  翁

しほらしき名や小松吹萩すゝき

宝暦13年(1763年)、義仲寺の時雨会に参列。

蝶夢ほうしにいさなはれて湖南にまかり、故翁の碑前にぬかつき侍りて

 行脚僧
まほろしの花や夕日の片時雨
   既白


既白の句

六条に汐も焼かとおほろ月


畑中の桑にかけたるあはせ哉


日にぬれし椎の葉色や初しぐれ


成田蒼キュウ
※キュウは虫+おつにょう

通称久左衛門。

加賀金沢の藩士。高桑蘭更に師事。

芭蕉堂二世。

田川鳳郎桜井梅室とともに「天保の三大家」の一人。

天保13年(1842年)、83歳で没。

門人に水海道の俳人澹然舎分賞、熊谷の内田五八九がいる。

蒼キュウの句
※キュウは虫+おつにょう

   文 鳴

夜のさまをミなゆづりたる蛙かな


花のミの小野の山家よ唐からし


蓬莱にしばらくむかふ夜明かな


狐庵馬仏

金沢の観音院の僧。闌更門下の俳人。

 倶利伽羅峠の猿ヶ馬場に津幡の俳人河合見風が建立した芭蕉の句碑を再建した。


義仲の寢覺の山か月かなし

馬仏の句

出て聞も人かましやなほとゝきす


霜の朝腹にこたゆる木魚かな


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