江戸の俳人
六花庵官鼠

本名、大村定八。江戸の人。父は三津村出身。伊豆に住む。六花庵乙児門。乙児の「六花庵」を継承。
明和7年(1770年)5月12日、時雨窓六花庵社中芭蕉の句碑建立。
芭蕉の句碑

駿河路やはなたちはなも茶のにほひ
安永7年(1778年)10月12日 、静岡県三島市の蓮馨寺に「芭蕉老翁墓」建立。

天明元年(1781年)、「松島一見のため」旅立ち、大島蓼太を訪れる。
天明2年(1782年)、仙台を訪れて陸奥国分寺に「艸鞋塚」建立。

裏面には官鼠自身の句が「暮れかねて鴉啼くなり冬木立」と彫られている。
雄島(御島)に官鼠の句碑がある。

松嶋や茸狩舟の真帆片帆
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鶴とびてむれるや雪の千松しま
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天明2年(1782年)、建立。
寛政12年(1800年)10月12日、山梨県都留市の円通院に芭蕉の句碑を建立。

旅人と我名よはれんはつ時雨
『諸国翁墳記』に「旅寝塚 駿州沼津釋迦堂ニ在 六花菴官鼠建」とある。
釋迦堂の句碑は消滅したようだ。
享和3年(1803年)6月1日、71歳で没。
辞世の句
果は我枕なるべし夏の富士
官鼠の句
はるかせや雲ほし気にそ裸不二
茄子畑に人こそミゆれ九月尽
帶はまた解ぬ戀なり郭公
葮きりやいつの嵐の捨碇
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