四 晴 北風吹 未刻ヨリ雨 終夜不止 花喬(嬌)追善会
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四日 花喬(嬌)仏
目覚しのぼたん芍薬でありしよな

何をいふはりあひもなし芥子の花
同年4月10日、一茶は織本家に入る。当主は花嬌の娘婿道定で、子盛と号した。16日、花嬌の弟砂明もやってきた。砂明は24日まで滞在。一茶は27日まで滞在し、大乗寺へ。
十 雨 折々晴 巳刻地震 ヲリ本ニ入
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[十]六 晴 砂明上人来
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[廿]四 朝雨 陰 砂明上人帰
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同年5月3日、『花嬌家集』並びに『追善集』の編集が終わる。
三 晴 花喬(嬌)家集并(並)追善集 五月十二日書始 今日終
『七番日記』(文化9年5月)
「五月」は「四月」誤りではないか。
文化11年(1814年)10月6日、一茶は織本家に入る。
六 晴 ヲリモトニ入
『七番日記』(文化11年10月)
翌7日、一茶は金谷へ。
文化12年(1815年)11月23日、一茶は木更津から富津に入り、砂明に逢っている。
[廿]二 晴 木皿ツ(更津)ニ入
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[廿]三 晴 フツニ入 逢砂明
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同年12月1日、一茶は富津に入る。
一 晴 フツニ入
『七番日記』(文化12年12月)
文化14年(1817年)5月5日、一茶は富津に入り、翌6日は織本家に泊まる。
五 晴 フツニ入
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六 晴 ヲリ本泊
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一茶が織本家を訪れた最後の記録である。
同年6月27日、一茶は江戸を立つ。以後、江戸に出ることはなかった。
花嬌の句
袷着て白き扇子のはつ音哉
鳥遊べ初手の時雨ハ木隠るゝ
冬枯や中(仲)よく見ゆる三軒家
庵の夜をくるりくるりと螢かな
春風や女ぢからの鍬にまで
名月や乳房くはへて指して
子盛の句
おく露や手にとるやうな夜の空
置露や手にとるやうな夜の空
置露や手にとるやうな夜の空
あさがほにおつつぶされし草家哉
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