濃州の俳人
国井化月坊

岩手竹中家の家臣。本名は義睦、通称喜忠太、号は梅仙・春香園・山戸亭。
寛政6年(1794年)2月、垂井町岩手に生まれる。
安政2年(1855)、垂井町の本龍寺に時雨庵を建立。
安政4年(1857年)、64歳の時に獅子門(以哉派)十五世を継承。
文久2年(1862年)、岐阜県関ヶ原町の常盤塚に芭蕉の句碑を建立。

義ともの心耳似多里秋乃可世
碑の裏に春香園の句が刻まれている。
げに風の音も澄みけり秋の松
明治3年(1870年)12月17日、77歳で没。
垂井町の本龍寺に化月坊の句碑がある。

一二丁笠わすれたる清水哉
垂井町の菁莪記念館に化月坊の句碑がある。

月のあと残した藪の梅白し
常盤塚に春香園の句碑がある。

その幹に牛もかくれてさくらかな
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