井上重厚

重厚の句
京の僧。蝶夢の門人。初号柳巣。
元文3年(1738年)、京都に生まれる。
明和7年(1770年)、洛西嵯峨弘源寺跡に落柿舎を再興。落柿舎重厚と称す。
落柿舎


柿主や梢はちかきあらし山
安永9年(1780年)2月、木曽を経て江戸に入り蓼太・成美らと風交を結ぶ。4月、東海道を行脚して帰洛。
天明2年(1782年)、盛岡を訪れる。
天明3年(1783年)、春秋庵を訪れる。
天明7年(1787年)、蝶夢とともに江戸に滞在。成美と隅田川で舟に乗る。『もとの水』(重厚撰)刊。
天明8年(1788年)、再び盛岡を訪れ、4年間滞在する。
寛政3年(1791年)、秋田の吉川五明を訪れる。
寛政4年(1792年)、義仲寺に入り無名庵七世となる。
寛政5年(1793年)、蝶夢の後援で芭蕉百回忌を営む。
寛政年間(1789〜1800)、重厚の後見で群馬県伊勢崎市に芭蕉の句碑を建立。

時鳥招や麥のむらを花
寛政12年(1800年)4月2日、義仲寺の重厚から一茶に手紙が届く。
三月五日
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一すりもの入一通 義仲寺重厚 四月二日とゞく
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文化元年(1804年)1月18日、67歳で没。
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