芭蕉の句碑


觀音の甍見やりつ花の雲

長野市北長池に常恩寺というお寺がある。


法輪山常恩寺


曹洞宗の寺である。

北長池の村寺で、信徒150人。檀家はないそうだ。

信徒と檀家の違いがよく分からない。

十二北面山観音堂


十二北面山観音は天平17年(745年)行基大僧正の作といわれている。

 永禄4年(1561年)9月10日、武田信繁は川中島合戦の時、観音像もろともに水中に身を投げて討ち死した。

 寛政3年(1791年)8月17日、千曲川・犀川大洪水。畑の中で流された仏像を発見し、常恩寺に安置。

観音堂西側の築山に芭蕉の句碑がある。



觀音の甍見やりつ花の雲
   芭蕉

御佛のわかれは三世のかゝみかな
   乕杖

芭蕉の句の出典は『末若葉』(其角編)。

貞亨3年(1686年)、芭蕉43歳の時の句。

芭蕉が深川の草庵で病気で寝ていた時に作ったという。

乕杖は宮本八郎兵衛。加舎白雄門の俳人。

文政6年(1823年)8月13日、83歳で亡くなる。

文政7年(1824年)、常恩寺の八代洞海大航和尚、巨朴、如酔建立。武曰書。

夕ぼたんものいふ如くかほ(を)るなり
   巨朴

鬼を追し男先立種おろし
   如酔


 この種の花雲塚は別所温泉の北向観音堂を始め、長野県に6か所建てられているそうだ。

観音堂に俳額が奉納されていた。


天保15年(1844年)7月、奉納。

   奉納四季   武曰居士

見む事のやすくてかなし今日の月

舞蝶のとこまで我を連歩行   撰者月国

月国は冬日庵三世。

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