下総の俳人
並木寂阿

下総香取郡御所台村の人、俗名並木七郎右衛門。
飛鳥園一世広岡宗瑞門。初号芝蘭。別号兎什。二代飛鳥園一叟。
明和4年(1765年)、江戸の師広岡宗瑞を訪ねる。記念の撰集『先手後手』。
寛政8年(1796年)10月12日、寺作の土橋山東禅寺に芭蕉の句碑を建立。

山路来て何やらゆかしすみれ草
建立を記念して『菫塚集』が上梓された。
『諸国翁墳記』に「菫 塚 下総香取郡寺作村土橋山東禅寺境内ニ建 飛鳥園一叟」とある。
寛政12年(1800年)、安久山の「搖ぎ松」に芭蕉の句碑建立。

此道に出てすゞしさよ松の月
同年8月、『揺松集』(兎什編)刊。飛鳥園一叟序。
寛政13年(1801年)、飛鳥園を貞翁に譲って南無坊を号している。
2月5日、享和に改元。
享和元年(1801年)5月5日、68歳で没。
門下に梅丸がいる。梅丸は俳僧日藻上人。
多古町の大師堂(芋大師)に南無坊寂阿辞世の句碑がある。

ほとゝきすいてや明るき西の空
文政6年(1823年)3月、国老黍堂は芭蕉の句碑を建立。

古池や蛙とひこむ水の音
碑の裏に寂阿の句が刻まれているらしい。
氷らぬは氷らて寒し水の音
千葉県芝山町の芝山仁王尊にある「杉家歴代」の句碑に南無坊寂阿の句が刻まれている。

夕立や雨にあめうつ石の上
寂阿の句
里やあるさくらもしらぬ薄曇
いざよひさらしなのたぐひにハあらねど
三日雨四日晴天ほとゝぎす
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