佐場野の里医王寺をたつね判官殿のむかしをとふて宝物を拝むに安宅の関の有さまそまつ思はるゝ
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寛延4年(1751年)、和知風光は『宗祇戻』の旅で医王寺を訪れた。
次信忠信の墓は伊達の郡鯖野の里有医王寺ニ両子の武勇如金剛喩草木迄モ赤キハ悪カラメト思ヒヤリテ
モミヂ(※「木」+「色」)する木々もや塚のにくからむ
正岡子規は医王寺に行かなかった。
昭和2年(1927年)10月、小杉未醒は「奥の細道」を歩いて、医王寺を訪れた。
飯坂から福島の方へ、電車路を少し行つて、右へ折れると、朝風の吹き通る赤松林、村になつて、行き留まつた處に、瑠璃光山醫王寺、處は信夫郡平野村、山門を入つて右に庫裏本堂、すぐに行つて大杉林の下に古い墓共、字はすべて剥落して見えず、正面に大いなるを佐藤勝信の墓とし、右に二つ並びたるを子供の嗣信忠信の墓とする。
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