『奥の細道』
〜飯塚一里塚〜
東北自動車道栃木都賀JCで北関東自動車道に入り、壬生(みぶ)ICから県道2号宇都宮栃木線を通り、県道18号小山壬生線を行く。
「飯塚一里塚(史跡)」がある。

「飯塚一里塚」は日光西街道(壬生通り)の飯塚宿と壬生宿との間に設けられた。江戸・日本橋から数えて23里(約92km)にあたる一里塚である。
『奥の細道』の記述はないが、『曽良随行日記』には、次のように書かれている。
一 廿九日
辰ノ上尅マヽダヲ出。
一 小山ヘ一リ半、小山ノヤシキ、右ノ方ニ有。
一 小田ヨリ飯塚ヘ一リ半。木沢ト云所ヨリ左ヘ切ル。
一 此間姿川越ル。飯塚ヨリ壬生ヘ一リ半。飯塚ノ宿ハヅレヨリ左ヘキレ、(小クラ川)川原ヲ通リ、川ヲ越、ソウシヤガシト云船ツキノ上ヘカヽリ、室ノ八嶋ヘ行(乾ノ方五町バカリ)。スグニ壬生ヘ出ル(毛武ト云村アリ)。此間三リトイヘドモ、弐里余。
『奥の細道』の「室の八島」は有名だが、「室の八島」に行く途中、この「飯塚一里塚」の手前(県道44号栃木二宮線)を左に曲がったものと思われる。残念ながら「飯塚一里塚」の前は通っていない。
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