『奥の細道』

〜飯坂温泉〜

 東北自動車道福島飯坂ICから国道13号に入り、県道3号で福島交通飯坂線に沿って、飯坂温泉へ。


福島交通飯坂線の終点、飯坂温泉駅の前に芭蕉像がある。
飯坂温泉芭蕉像

元禄2年(1689年)5月2日(新暦6月18日)、芭蕉は飯坂温泉に泊まった。

 其夜飯塚にとまる。温泉あれば湯に入て宿をかるに、土坐に筵を敷てあやしき貧家也。灯もなければゐろりの火かげに寝所をまうけて臥す。夜に入て雷鳴、雨しきりに降て、臥る上よりもり、蚤蚊にせゝられて眠らず。

 当時は「飯塚」と言ったようだ。『奥の細道』で芭蕉が温泉に入ったことを書いているのは、この飯坂温泉と鳴子温泉、山中温泉の3つだけ。

 延享4年(1747年)、横田柳几は陸奥を行脚し、飯坂温泉に入っている。

   飯阪の温泉に入て

萍の身や湯壷にも尻ためず
    几


 明治26年(1893年)7月25日、正岡子規は福島から人力車で飯阪温泉に赴く。

 福島より人車を驅りて飯阪温泉に赴く。天稍曇りて野風衣を吹く。涼極つて冷。肌膚粟を生ず。湯あみせんとて立ち出れば雨はらはらと降り出でたり。浴場は二箇所あり雑沓芋洗ふに異ならず。

夕立や人聲こもる温泉の煙


 昭和2年(1927年)10月、小杉未醒は「奥の細道」を歩いて、飯坂温泉に泊まった。

 此の飯坂に於て、土座にむしろ敷きたる、あやしき貧家に芭蕉翁は持病を抱いて明かした。今の飯坂は東北屈指の温泉場、昨夜の暮、何處に泊らう、あの柳のある家にしようと云つた其宿は、此町の第3、4流のものか知れぬが、川に臨んで三層をたゝみ、なかなか立派な構え、夜は酒くみかはし、朝も朝酒名物箱入納豆をしたゝかに参つて、鼻唄交りに立つて來た、


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