酒井抱一

酒井抱一ゆかりの地


 百花園の名は「梅は百花のさきがけ」という意味で、酒井抱一が命名したという。

 宝暦12年 (1762年)、播磨国(兵庫県)姫路藩主酒井忠仰(ただもち)の次男として江戸に生まれる。

 寛政9年(1797年)、江戸下向中の京都西本願寺文如上人の弟子として出家し、等覚院文詮暉真と称し、抱一と号した。

 文政8年(1825年)10月、金井華竹庵萬戸芭蕉の句碑を建立。酒井抱一筆。



降すとも竹うゆる日はみのと笠

 文政11年(1828年)11月、根岸(現台東区)の雨華庵で没し、翌月築地本願寺に葬られた。

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