胡草歌仙の碑


ちるほたる沓にさくらを拂ふらん

城南公園から再び国道139号を越え、つるの子公園天神へ。


つるの子公園天神に胡草(へぼちぐさ)歌仙の碑があった。


胡草

胡草垣穂に胡瓜もむ屋かな
   麋塒

   笠おもしろや卯の実むらさめ
   一晶

ちるほたる沓にさくらを拂ふらん
   芭蕉

ここにも詳しい説明が書いてあった。

胡草(歌仙)

 松尾芭蕉は、天和2年(1682年)12月、江戸の大火によって焼け出され、谷村藩国家老高山伝右衛門繁文(俳号・麋塒)の招きに応じ、高山邸にしばらく流遇した。

 ここに掲げた句は、翌天和3年の夏、同道した芳賀一晶(京都の人、江戸にでて天和蕉風の有力者となる)とともに、高山邸の別荘・桃林軒において巻いた2卷のうちの歌仙(36句より成る連句)、胡草の句である。

 胡草は、発育の悪い草のこと。わざわざ拙宅に来られても、へぼち草の生い茂る茅屋で、しかも胡瓜の馳走しかないという麋塒の発句に対して、一晶は脇句で、卯の花の実がバラバラ落ちる様子を「卯の実むらさめ」と表現して、高山邸の庭に対する挨拶とした。

 芭蕉は前句を受けて、笠に蛍が飛び交っているのは、沓で桜花を払っているのであろうと述べている。

 芭蕉の谷村在住中における作句活動を知るうえで、貴重な作品である。

平成20年3月

芭蕉翁寓居桃林軒再建委員会

楽山公園へ。

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