『奥の細道』

〜「はさま街道の起点」〜
一関市台町の国道342号は奥州街道。
「はさま街道の起点」の小さな石碑があった。

はさま街道の起点
「寛永19年(1642年)伊達藩図」によれば、台町を起点とする街道は、迫で、山形および仙台方面に分岐し、岩ヶ崎、迫に宿駅が置かれている。」
また、「元禄12年(1699年)西磐井郡図」に西街道としるされ、一里塚が図示されている。
下って元文13年(1816年)鬼死骸村繪図に迫街道としるされている。
真柴字蔵主沢西側から萩荘字刈又の平坦地を横切り、西側の山を峰伝いに南下し、宮城県境を越えて、岩ヶ崎、迫、仙台、山形方面に通じている。藩政時代は奥州街道についで栄えたが、現在は荒れ果てて見る影もない。
元禄2年(1689年)芭蕉が門人曽良を伴ない一関で2泊した後、5月14日はさま街道を通って岩出山(宮城県)へと行脚した。
(向って左側の小さな石碑)
一関市
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