北原白秋 〜年譜〜 
年号ネンゴウ 西暦セイレキ ツキ 出来事デキゴト 短歌タンカ 出典シュッテン
明治39年 1906年     新詩社に入る。    
明治40年 1907年 5月   千駄ヶ谷町大字千駄ヶ谷に居住。    
    7月 28日 九州西部を中心に約1ヶ月の旅    
    8月 27日    
明治43年 1910年 9月   千駄ヶ谷町大字原宿字北原宿に居住。    
明治44年 1911年 11月 4日 上野精養軒で開かれた与謝野寛渡欧送別会に出席シュッセキ    
明治45年 1912年 7月 5日 隣家の人妻松下俊子と関係を持ち姦通罪で告訴される。 ひとすぢの香の煙のふたいろにうちなびきつつなげくわが恋 『桐の花』
          あだごころ君をたのみて身を滅す媚薬の風に吹かれけるかな 『桐の花』
        俊子とともに逮捕され、市ヶ谷の未決監に拘留される。 鳴きほれて逃ぐるすべさへ知らぬ鳥その鳥のごと捕へられにけり 『桐の花』
大正2年 1913年 5月 6日 松下俊子と結婚。    
    10月   見桃寺の一室を借り、妻と二人だけのわび住まいを始める。 寂しさに秋成が書読みさして庭に出でたり白菊の花  
          見桃寺冬さりくればあかあかと日にけに寂し夕焼けにつつ  
大正4年 1915年 1月   初めて前橋を訪れ、約1週間朔太郎の家に滞在した。    
        前橋東照宮で記念写真を撮る。    
        金竜山雪の曙 金竜山浅草寺の朱き山門の雪まつしろに霽れにけるかも  
          雷門を仰ぎ見すれば牡丹雪揺れてこぼるる心地こそすれ  
          雪の曙観音堂をおほらかにひと廻りしてみたりけるかも  
          五重の塔の雪うつくしく段々につもりけるかなと眺めてぞゐし  
        三崎雑詠 石崖に子ども七人腰かけて河豚を釣り居り夕焼小焼 『雲母集』
          城ヶ島の燈明台にぶん廻す落日避雷針に貫かれけるかも 『雲母集』
        澪の雨 しみじみと海に雨ふり澪の雨利休鼠となりにけるかも 『雲母集』
          城ヶ島のさみどりの上にふる雨の今朝降る雨のかそかなるかも 『雲母集』
          二方に光りかがやく秋の海その二方に白帆ゆく見ゆ 『雲母集』
        油壺アブラツボ晩景バンケイ 油壷から諸磯見ればまんまるな赤い夕日がいま落つるとこ  『雲母集』
          夕焼小焼大風車のうへをゆく雁が一列鵜が三羽  『雲母集』
          油壷しんととろりとして深ししんととろりと底から光り  『雲母集』
    8月 12ニチ 雲母キララシュウカン    
大正5年 1916年 5月   江口章子と再婚、亀井院にむ。 米櫃に米の幽かに音するは白玉のごと果敢かりけり  
          蕗の葉に亀井の水のあふるれば蛙啼くなりかつしかの真間  
          蛍飛ぶ真間の小川の夕闇に鰕すくふ子か水音立つるは  
          葛飾の真間の継橋夏近し二人わたれりその継橋を  
    7月   市川真間より小岩村大字三谷に移り住む。 いつしかに夏のあはれとなりにけり乾草小屋の桃いろの月  
大正7年 1918年 3月   御幸の浜の養生館に仮寓。   『赤い鳥』大正7年10月号
    4月   十字4丁目の御花畑に転居。    
    10月   伝肇寺の一室を借りる。    
大正8年 1919年 7月   伝肇寺境内に「木菟の家」をてる。    
大正9年 1920年 3月   与謝野鉄幹・晶子夫妻が白秋の新居を訪れる。    
    6月 5日 伊豆を巡遊 砂丘壁に来ゐる鶺鴒昼ひさしかけ移る見れは歩みつつあり 『渓流唱』
        白秋山荘を建てる。    
大正10年 1921年 4月   佐藤菊子と結婚。    
        星野温泉で自由教育夏季講習会。    
大正11年 1922年 6月   新潟市の童謡音楽会に招待される。    
    10月   新潟師範学校で講演を行っている    
大正12年 1923年 ガツ   香取から潮来へ、潮来から鹿島へ。 香取より鹿島へまゐる舟の路物思はずあらむゆたに榜ぎつつ 『海阪』(浅春舟行)
    4月   別所温泉を訪れる。 湯どころの春のねざめのおもしろさ鐘と太鼓の互み鳴りつつ  
    9月 1日 関東大震災で山荘は被害を受ける。    
大正13年 1924年 10月 10日 若山牧水、白秋を訪れる。    
大正14年 1925年 6月   長女篁子生まれる。    
    7月 19日 与謝野鉄幹・晶子夫妻が白秋宅を訪れる。    
大正15年 1926年 1月 10日 若山牧水、白秋を訪れる。    
昭和10年 1935年 3月 28日 与謝野鉄幹の告別式で弔辞を読む。    
    6月   「多磨短歌会」を創り、機関誌『多磨』を創刊。    
昭和12年 1937年 1月 4日 大手拓次の墓参で磯部温泉訪れる。    
    8月   高尾山薬王院で多磨大会を開く。 我が精進こもる高尾は夏雲の下谷うずみ波となづさふ  
昭和16年 1941年 11月 2日 白秋、歌碑の除幕式に出席。    
昭和17年 1942年 11月 2日 白秋、ボツ    
昭和18年 1943年 11月   『渓流唱』カン    
昭和24年 1949年 7月 10日 北原白秋先生記念碑建立。