芭蕉ゆかりの地
〜幻住庵〜
大津市国分に幻住庵がある。
平成3年(1991年)10月、「ふるさと吟遊芭蕉の里」事業の一環として幻住庵が再建されたそうだ。
幻住庵の遊歩道に芭蕉の句碑がある。
遊歩道を登りつめると、大きな椎の木があった。

芭蕉翁幻住庵舊趾

明和9年(1772年)10月12日、五升庵蝶夢建立。
芭蕉翁經塚

愚按、幻住菴記は、猿蓑集にあり。國分山の菴の跡には、蕉翁八十年に當り給ふ時、予しるしの石を建つ。又石經を埋み給ふ上には、勢田の住人、雨橋、扇律等經塚の二字の石を立てぬ。
椎の木の下に芭蕉の句碑があった。

先たのむ椎の樹もあり夏木立
「幻住庵記」結びの句である。
天保14年(1843年)閏9月、建立。梅室筆。
「幻住庵記」の俳文碑

『猿蓑』に収録されている。
幻住庵

芭蕉の門人菅沼曲翠が義仲寺で生活していた芭蕉の隠棲地として、伯父幻住老人定知(さだとも)の旧庵に手を加えて提供したもの。
元禄3年(1690年)4月6日から7月23日まで芭蕉は幻住庵に滞在した。47歳の時である。
元禄3年(1690年) 6月、之道は芭蕉を幻住庵に訪ねて入門。
やがて死ぬけしきは見えず蝉の声
芭蕉が幻住庵で秋之坊に示した句だそうだ。
むかし湖南の幻住庵に。一夜の夢をむすびしが。其夜もしらずよみしやすらん。にくみしやすらん。無常迅速の一句をあたへて。先師も麓までおくりは申されしか。
「示二秋之坊一辭」(支考)
後、幻住庵も頽廃していたようだ。
幻住菴頽廃の跡一見して
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霜原や窓の付たる壁のきれ
| 丈草
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