葛飾八幡宮
〜一茶の句碑〜

冬木立むかしむかしの音すなり
京成本線京成八幡駅北口を出て線路沿いに行くと、葛飾八幡宮がある。
参道を行くと、随神門の手前に小林一茶の句碑があった。
葛飾八幡宮随神門

小林一茶の句碑

冬木立むかしむかしの音すなり
句の解説は書いてなかった。
平成2年4月、建立
安永6年(1777年)春、一茶は15歳で江戸に奉公に出る。
天明2年(1782年)、一茶20歳の頃には馬橋(現・松戸市)の油商を営む俳人大川立砂の許に奉公しながら俳諧の道に入った。
寛政10年(1798年)10月10日ごろ、馬橋の大川立砂とともに真間の手児奈霊堂から弘法寺に紅葉狩りに行く。
| 夕暮の頭巾へ拾ふ紅葉哉 | | 立砂
|
| 紅葉ゝや爺はへし折子はひろふ | | 一茶
|
翌寛政11年(1799年)、立砂没す。
文化8年(1811年)、一茶は立砂の13回忌の日に訪ねる。
何として忘ませうぞかれ芒(すすき)
碑の句は立砂13回忌の夕方に詠んだもの。
法莚の夕がたなれば
冬木立むかしむかしの音すなり
「なり」は断定ではなく、推定。
他に葛飾八幡宮で詠んだと思われる句がある。
八幡の御手洗川
名月や流れに投る嗽銭(くしやみ)
「旅のあれこれ」のトップページへ
