蕉門十哲

越智越人
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芭蕉十哲の一人。名古屋で染物屋を営む。別号、負山子。

明暦2年(1656年)、越後に生まれる。

私は越路の者に候間、名も越人と申候。壯年に及ぶ比より故郷を出、流浪仕、貧乏にて學文など申事不存、


貞享元年(1684年)、入門。

 貞享4年(1678年)、芭蕉は『笈の小文』の途次越人を伴い保美(渥美町)に杜国を訪れる。

11月10日、吉田に泊まる。

 三川の国保美といふ処に、杜国がしのびて有けるをとぶらはむと、まづ越人に消息して、鳴海より跡(後)ざまに二十五里尋かへりて、其夜吉田に泊る。

寒けれど二人寐る夜ぞ頼もしき

『笈の小文』

田原市の潮音寺に三吟句碑がある。



麦はえて能隠家や畑村
   芭蕉

冬をさかりに椿咲く也
   越人

昼の空のみかむ犬のねかへりて
   野仁

 貞亨5年(1688年)7月20日、芭蕉は荷兮、越人と共に竹葉軒長虹和尚を訪れて歌仙興行。

粟稗にとぼしくもあらず草の庵
   翁

 藪の中より見ゆる青柿
   長虹

秋の雨歩行鵜に出る暮かけて
   荷兮

 月なき岨をまがる山あい
   一井

ひだるしと人の申ばひだるさよ
   越人

 藁もちよりて屋根葺にけり
   胡及

貞享5年(1688年)、「更科紀行」の旅に同行。

 更科の里、姥捨山の月見んこと、しきりにすすむる秋風の心に吹きさわぎて、ともに風雲の情をくるはすもの、またひとり、越人といふ。

長楽寺の越智越人随行塚


江戸に帰り、越人と両吟の俳諧。

   深川の夜

厂がねもしづかに聞けばからびずや
   越人

 酒しゐならふこの比の月
   芭蕉


享保2年(1716年)、『鵲尾冠』板行。

享保13年(1728年)10月、『庭竈集』刊。

越人の句

君か代や筑广(麻)祀も鍋ひとつ


うらやましおもひ切時猫の恋


夕月や杖に水なぶるすみだ川


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