『奥の細道』
〜「芭蕉翁晩鐘の碑」〜
塩竈市泉ヶ岡に愛宕神社がある。
愛宕神社の石段

石段を登ると右手に煙波亭跡がある。
煙波亭は塩釜神社禰宜藤塚知明の別邸。
煙波亭跡に「芭蕉翁晩鐘の碑」があった。

『奥の細道』の一節が知明の書で刻まれている。
塩竈の浦に入相の鐘を聞
五月雨の空聊かはれて夕月夜幽に籬か島もほと近く蜑の小舟こきつれて肴わかつ聲々つなてかなしもとよみけむ心もしられていと哀也其夜目盲法師の琵琶をならして奧上るりと云ものをかたる平家にもあらす舞にもあらすひなひたる調子うち上て枕ちかうかしましけれとさすかに辺土の遺風忘れさるものから殊勝に覺えらる
早朝塩竈明神に詣國守再興せられて宮柱ふとしく彩椽きらひやかに石の階九仭に重り朝日あけの玉かきをかかやかすかかる道の果塵土の境まて神靈あらたにましますこそ吾國の風俗なれと貴けれ神前に古き寶燈在かねの戸ひらの面に文治三年和泉三郎寄進と有五百年來の俤今目の前にうかひてそそろに珍しかれは勇義忠孝の士也佳名今に至りてしたはすといふ事なし誠に人の道を勤義を守へし名もまた是に隨ふと云り
天明2年(1782年)6月25日、知明「鹽亭」建立。
『諸国翁墳記』に「晩鐘塚 奥州宮城郡鹽竈煙波亭社中 相地桔廬諸江後之山」とある。
碑の裏には知明の子知周の「煙波亭記」が記されているそうだが、読めない。
「芭蕉翁晩鐘の碑」の奥に「再興煙波亭記」があった。

藤塚知明・知周の経歴俳句などが記されているそうだが、読めない。
愛宕神社社殿

ジョウビタキがいた。

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