芭蕉の句碑


旅に病んて夢は枯野をかけ廻る

大阪市天王寺区下寺町に円成院という寺がある。


時宗の寺である。

 延享2年(1745年)、鹿児島市の時宗浄光明寺の隠居寿門が四天王寺の塔頭薬師堂を買収して、「円成院」を創建したそうだ。

植村文楽軒墓所


 植村文楽軒は淡路島の人で、本名は正井嘉兵衛。淡路浄瑠璃の花形で、中国筋を巡業し、名声を博したそうだ。文化7年(1810年)、没。

円成院に芭蕉の墓もあった。


碑面は「芭蕉翁墓」の他は読めない。

 享保20年(1735年)、芭蕉四十一回忌に志太野坡が「世にふるも更に宗祇のやとりかな」の真蹟短冊を埋めて建立。

『諸国翁墳記』に「屋土里塚 大坂下寺町薬師在 野坡建」とある。

義仲寺の「本廟」に次いで、最も古い「翁墳」である。

芭蕉の墓の手前右手に芭蕉の句碑もあった。


絶筆句

旅に病んて夢は枯野をかけ廻る

出典は『笈日記』(支考編)。

 元禄7年(1694年)10月8日、芭蕉が病床で詠んだ句。「絶筆句」とされるが、翌9日に「清滝や波にちり込青松葉」と詠んでいる。12日、芭蕉は大坂南御堂前花屋仁右衛門宅で死去。

天明3年(1783年)3月12日、二柳庵桃居社中建立。

二柳の句が刻まれている。

とし経ぬるこゝろはせをやわすれ霜

 二柳は勝見氏、名は充茂。享保8年(1723年)、加賀山中に生まれる。桃妖に俳諧を学び桃左と号し、のち桃居と改めた。

享和3年(1803年)3月28日、81歳で没。

大江神社へ。

「旅のあれこれ」のトップページへ