蕉門の俳人

野沢凡兆

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寛永17年(1640年)、加賀国金沢に生まれる。京都で医者を志す。

凡兆者加州之産也。業醫居于洛一。學蕉門之風雅。一罪事不其終處

『風俗文選』(許六編)

元禄3年(1690年)6月、芭蕉は凡兆宅に滞在。

元禄4年(1691年)5月5日、落柿舎を出て凡兆宅に入る。

元禄4年(1691年)7月3日、『猿蓑』去来・凡兆共編)刊。

元禄6年(1693年)頃、罪を得て下獄。出獄後、大阪に下る。

正徳4年(1714年)春、没。

金沢の養智院に凡兆の墓がある。

凡兆の句碑


上ゆくと下来る雲や秋の天

川崎市麻生区の草木工房に凡兆の句がある。


鶏の声もきこゆる山さくら

凡兆の句

ながながと川一筋や雪の原


矢田の野やう(ママ)らのなくれに鳴千鳥


下京や雪積うへの夜の雨


立出る秋のいふへや風ほろし


凡兆の妻も羽紅と号する俳人。

羽紅の句

矢田の野やう(ママ)らのなくれに鳴千鳥


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