井上円了ゆかりの地

温海温泉〜立岩〜

 大正3年6月7日、東洋大学の創設者井上円了は早朝鶴岡を出発して海岸沿いを行き、温海温泉に向かった。

立岩


 6月7日(日曜) 晴れ。早朝出発。はるかに月山、鳥海を左右に望みて山隈(やまぐま)に入る。三瀬を経て海岸を進行す。海中に突出屹立せる岩石のあるいは波状をなし、あるいは龍形をなせるは、いささか目をたのしましむるに足る。 なかんずく暮坪の立岩は奇観なり。その前後、トンネルを2回通過す。海岸より渓側に入ること18町にして温海温泉あり、地名を湯温海という。旅館鶴屋、泉屋、越後屋、万国屋、朝日屋等23戸あり、大抵みな内湯を有し、楼は多く3層なり。1年約15万人の浴客ありという。泉質は食塩と硫酸石灰を含む。その色青白にして、その臭硫気を発す。しかして天候のいかんによりて種々の色を現ず。よって古来、温海湯七色の称ありと聞く。

奥羽温泉紀行(湯ヶ島紀行とも)

温海温泉「万国屋」


 温海温泉の泉質はナトリウム・カルシウム−塩化物・硫酸塩温泉(旧泉質名は含石膏−食塩泉)。天候によって薄緑、緑藍、薄黄とさまざまに変化するところから、古来温海七色(あつみなないろ)と言われてきたそうだ。

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