芭蕉の句碑

此秋波何耳年よ流雲に鳥

足利市緑町に愛宕山という小さな丘がある。


丘の上に愛宕神社がある。

愛宕神社の石段


石段の半ば左手の空き地に芭蕉の句碑があった。


此秋波何耳年よ流雲に鳥

出典は『芭蕉句選』

『笈日記』(難波部)には「何で年よる」とある。

元禄7年(1694年)9月26日、芭蕉51歳の句。

 『笈日記』に「此句はその朝より心に篭てねんじ申されしに、下の五文字、寸々の腸をさかれける也。」とある。

       旅 懐

   此秋は何でとしよる雲に鳥

 此句、難波にての句也。此日、朝より心にこめて、下の五文字に寸々の腸をさかれし也

『三冊子』(土芳著)

 『芭蕉翁繪詞傳』には「故郷を出で給ひて後は、なやみ勝ちに煩ひ給ふに、或時ひとりごち給ふは、」とある。

同年10月12日、芭蕉は大坂南御堂前花屋仁右衛門宅で死去。

 建立年は未詳だが、建立者のひとり官鯉が文化12年(1815年)に亡くなっているので、それ以前に建立されたことは間違いない。官鯉は本町の福田伝兵衛。

足利市助戸町の定年寺にある芭蕉の句碑よりも古い。

 句碑の横に白峯の句「わたらせや秋風老の浪よする」が刻まれているが、白峯についても分からない。

愛宕神社社殿


江戸時代、渡良瀬川は愛宕山のすぐ下を流れていたそうだ。

当時、緑町と借宿の間に橋はなく、渡し舟が往復していた。

緑橋から見る渡良瀬川


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