芭蕉の句碑

ふきとばす石も浅間の野分かな
国道18号から中山道の旧道に入ると、浅間神社がある。
浅間神社

本殿は室町時代のもので、町内の木造建築としては最古のものである。浅間大神遥拝の里宮で大山祇(おおやまつみ)神と磐長姫(いわながひめ)神の2神が祀られている。明治2年5月より浅間山の鳴動が特に激しく鎮静祈願のため同年9月明治天皇の勅祭が行われた社として有名である。
磐長姫(いわながひめ)神は大山祇(おおやまつみ)神の娘で、木色咲耶媛(このはなさくやひめ)の姉。
境内にある「ふきとばす石も浅間の野分かな」の芭蕉句碑は寛政5年(1793年)春秋庵二世長翠の書で浅間焼石におおわれた追分原に野分吹くころの風情がしのばれる。
寛政5年(1793年)は、芭蕉100年忌。
芭蕉句碑

ふきとばす石も浅間の野分かな
『更科紀行』では「吹き飛ばす石は浅間の野分かな」。
貞亨5年(1688年)8月11日、芭蕉は『更科紀行』の旅に出発。15日、姥捨山。16日、善光寺参拝。坂城、小諸、軽井沢を経て、下旬、江戸に帰る。
春秋庵二世は常世田長翠。一世は加舎白雄。
昭和11年(1936年)5月11日、種田山頭火は浅間神社を訪れ、芭蕉の句碑を見ている。
浅間神社の前に常夜灯がある。
池の平へ。
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