『三冊子』(土芳著)

服部土芳の俳論書。
元禄15年(1702年)成立、安永5年(1776年)刊。闌更序。
「白冊子」「赤冊子」「忘れ水(黒冊子)」の3部からなる。
赤冊子
あかさうし
新みは俳句の花也。ふるきは花なくて木立ものふりたる心地せらる。亡師常に願にやせ給ふも新みの匂ひ也。その端を見しれる人を悦て、我も人もせめられし所也。せめて流行せざれば新みなし。新みは常にせむるがゆへ(ゑ)に一歩自然にすゝむ地より顕るゝ也。「名月に梺の霧や田のくもり」と云は姿不易なり。「花かと見へ(え)て綿畠」とありしは新み也。
師のいはく「体格は先優美にして、一曲有は上品也。又、たくみを取、珍しき物によるはその次也。中品にして多くは地句也」。師の句をあげて、そのより所をいさゝか顕す。
何の木の花とはしらず匂ひかな
此句は本哥也。西行「何事のおはしますとはしらねどもかたじけなさの涙こぼるゝ」とあるを俤にして云出せる句なるべし。
ほとゝぎすなくや五尺のあやめぐさ
此句は「ほとゝぎすなくや五月のあやめぐさ」といふ哥の詞を取ての句なるべし。
花のうへこぐとよみ給ひける古きさくらも、いまだ蚶満寺のしりへに残りて、影、波を浸せる夕ばへいと涼しければ、
夕ばれやさくらに涼む浪の華
此句は古哥を前書にして、其心を見せる作なるべし
ほとゝぎす声横たふや水の上
此句は「させる事もなけれども、白露横(よこたふ)といふ奇文を味合たる」と也。一たびは「声や横たふ」とも、「一声の江に横たふや」とも句作有。人にも判させて後、江の字抜て、「水の上」とくつろげて、句の匂ひよろしき方に定る。「「水光接天白露横江」の「横」、句眼なるべし」と也。
観音のいらか見やりつはなの雲
此句の事、或集にキ角云「「鐘は上野か浅草か」と聞べし。前のとしの吟也。尤病起の眺望成べし。一聯二句の格也。句を呼て句とす」とあり。さもあるべし。
早稲の香やわけ入右はありそ海
一お(を)ねは時雨るゝ雲か雪の不二
この句、師のいはく「若、大国に入て句をいふ時は、その心得あり。都方名ある人、かゞの国に行て、くんぜ川とかいふ川にて、「ごりふむ」と云句あり。たとへ佳句とても、其信をしらざれば也」。有そもその心遣ひを見るべし。又、不二の句も、山の姿是程の気にもなくては、異山とひとつに成べし。
旅人と我名呼れん初しぐれ
此句は、師、武江に旅出の日の吟也。心のいさましきを句のふりにふり出して、「よばれん初しぐれ」とは云しと也。いさましき心を顕す所、謡のはしを前書にして、書のごとく章さして門人に送られし也。一風情あるもの也。この珍らしき作意に出る師の心の出所を味べし。
何に此師走の市に行烏
此句、師のいはく「五文字の意気込に有」と也。
春立や新年ふるき米五升
此句、師の曰「「似合しや」とはじめ上五文字あり。口惜事也」といへり。其後は「春立や」と直りて短冊にも残り侍る也。
ばせを野分盥(たらい)に雨を聞夜かな
いざゝらば雪見にころぶところまで
木がらしの身は竹齋に似たるかな
山路来て何やら床しすみれ草
家はみな杖に白髪のはか参り
灌仏や皺手合る珠数(数珠)の音
此「野分」、はじめは「野分して」と二字余り也。「雪見」、はじめは「いざゆかん」と五文字有。「木枯」、初は「狂句木がらしの」と余して云へり。「すみれ草」は初は「何となく何やら床し」と有。「家はみな」、「一家みな」と有。「灌仏」も初は「ねはん会や」と聞へ(え)し。後なしかへられ侍るか。此類猶あるべし。皆師の心のうごき也。味べし。
草臥て宿かる比や藤のはな
此句、始は「ほとゝぎすやどかる比や」と有。後直る也。
六月や峯に雲を(お)くあらし山
この句、落柿舎の句也「「雲置嵐山」といふ句作、骨折たる処」といへり。
雲雀鳴中の拍子や雉子の声
此句、ひばりの鳴つゞけたる中に、雉子折々鳴入るけしきをいひて、長閑なる味をとらんと、いろいろして是を(に)究(きはまる)
蛇くふときけばおそろし雉子の声
此の句、師のいはく「「うつくしき皃かく雉子の蹴爪かな」といふは、其角が句也。「蛇くふ」といふは老吟也」と也。
木のもとは汁も鱠もさくら哉
この句の時、師のいはく「花見の句のかゝりを少し得て、かるみをしたり」と也。
丈六のかげろふ高し石の上
かげろふに俤つくれ石のうへ
此句、当国大仏の句也。人にも吟じ聞せて、自も再吟有て、丈六の方に定る也。
馬ぼくぼく我を絵に見る夏野哉
此句、はじめは「夏馬ぼくぼく我を繪に見る心かな」と有。後直る也。
旅 懐
此秋は何ンでとしよる雲に鳥
此句、難波にての句也。此日、朝より心にこめて、下の五文字に寸々の腸をさかれし也
明月や座にうつくしき皃もなし
此句、湖水の名月也。「名月や児達双ぶ堂の縁」としていまだならず。「名月や海にむかへば七小町」にもあらで「座にうつくしき」といふに定る。
皃に似ぬ発句も出よはつ桜
此句は、下のさくらいろいろ置かへ侍りて、風与(ふと)初さくらに当り、是、初の字の位よろしとて究(きはま)る也。
清滝や浪にちり込青松葉
此はじめは「大井川浪にちりなし夏の月」と有。「その女が方にての白菊のちり」にまぎらはし」とてなしかへられ侍る也。
朝よさを誰松しまの片心
此句は、季なし。師の詞にも「名所のみ雜の句にもありたし。季をとりあはせ、哥枕を用る十七文字には、いさゝか心ざし述がたし」といへる事も侍る也。さの心にて、この句もありけるか。「杖つき坂」の句有。
市人にいで是うらん雪の笠
酒の戸たゝく鞭のかれ梅
朝がほに先だつ母衣を引づ(ず)りて
此第三は、門人杜国が句也。此第三せんと人々さまざまいひ出侍るに、師のいはく「此第三の附かた、あまたあるべからず。鞭にて酒屋をたゝくといふものは、風狂の詩人ならずば、さもあるまじ。枯梅の風流に思ひ入ては、武者の外に此第三あるべからず」と也。
黒左宇志
くろさうし
発句の事は、行て帰る心の味也。たとへば「山里は万歳おそし梅の花」といふ類なり。「山里は万歳おそし」といひはなして、むめは咲るといふ心のごとくに、行て帰る心発句也。山里は万歳おそしといふ斗のひとへは、平句の位なり。先師も「発句は取合ものと知るべし」と云るよし、ある俳書にも侍る也。題の中より出る事すくなき也。もし出ても大様ふるしと也。
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