一茶の年齢

安永6年(1777年)春、一茶は一人江戸に出る。
ふとおもひけるやうは、一所にありなば、いつ迄もかくありなん。一度古郷(ふるさと)はなしたらば、はた、したはしき事もやあるべきと、十四歳と云春、はろばろの江戸へはおもぶかせたりき。
『父の終焉日記』
安永6年(1777年)、一茶は15歳。
廿九 雨
四十九年見ても初花ざくら哉
『文化句帖』(文化元年2月)
十六日 晴
春立や四十三年人の飯
『文化句帖』(文化元年12月)
文化元年(1803年)、一茶は42歳。
十六日 晴
五十にして冬籠さへならぬ也
『文化句帖』(文化3年10月)
文化3年(1806年)、一茶は44歳。
花ちるや己が年も下り坂
『七番日記』(文化7年3月)
『七番日記』(文化7年2月)には「ちる花や已におのれも下り坂」とある。
文化7年(1810年)、一茶は48歳。
発会序
今朝の春四十九ぢやもの是も花
『七番日記』(文化8年正月)
月花や四十九年のむだ歩き
『我春集』
文化8年(1811年)、一茶は49歳。
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| 春立や先人間の五十年 |
| おのれやれ今や五十の花の春 |
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| 五十年あるも不思儀(議)ぞ花の春 |
| 春立や菰もかぶらず五十年 |
『七番日記』(文化9年正月)
六十の坂を越るぞやつこらさ
『七番日記』(文化10年閏11月)
文化10年(1813年)、一茶は51歳。
六十年踊る夜もなく過しけり
『文政句帖』(文政5年7月)
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