一茶と草花


水仙



水仙の花の御湊誕生寺

『七番日記』(文化9年6月[文化10年9月10月])

福寿草



廿九日 晴

 福寿草といへる花、人々もてはやすことのうらやましく、一本もとめて植たりけるに、いかゞしたりけん、山吹のう[る]はしき色には咲かで、灯心の油じ[み]たる花になんありける。橘の枳穀(からたち)と変ずる類ひ、愛づる人によるならん。かゝるいぶせき庵に移したれば、本性をうしなへるもことはり也。戯にかれが名をとりかへる。

薮並や貧乏草も花の春

貧乏草愛たき春に逢にけり

『文化句帖』(文化5年正月)

(すみれ)



住吉の隅に菫の都哉

『七番日記』(文化7年2月)

菜の花



文化3年(1805年)2月27日、随斎会。

   廿七日 曇 随[斎]会

なの花にうしろ下りの住居哉

『文化句帖』(文化2年2月)

菜の花や袖[を]苦にする小傾城

『七番日記』(文化7年2月)

なの花のとつぱづれ也ふじの山

『七番日記』(文化9年2月)

なの花に上総念仏(ねぶつ)のけいこ哉

『七番日記』(文化9年3月)

牡丹

目覚しのぼたん芍薬でありしよな

『七番日記』(文化9年4月)

 わが友魚淵といふ人の所に、天が下にたぐひなき牡丹咲きたりとて、いひつぎ、きゝ伝へて、界隈はさら也、よそ国の人も、足を労して、わざわざ見に来るもの、日々多かりき。おのれもけふ通がけに立より侍りけるに、五間ばかりに花園をしつらひ、雨覆ひの蔀など今様めかしてりゝしく、しろ・紅ゐ・紫、はなのさま透間もなく開き揃ひたり。



 其中に黒と黄なるは、いひしに違はず、目をおどろかす程めづらしく妙なるが、心をしづめてふたゝび花のありさまを思ふに、ばさばさとして、何となく見すぼらしく、外の花にたくらぶれば、今を盛りのたをやめの側に、むなしき屍を粧ひ立て、並べおきたるやうにて、さらさら色つやなし。是主人のわざくれに紙もて作りて、葉がくれにくゝりつけて、人を化すにぞありける。 されど腰かけ台の価をむさぼるためにもあらで、たゞ日々の群集(ぐんじゆ)に酒・茶つひやしてたのしむ主の心、おもひやられてしきりにをかしくなん。

紙屑もぼたん顏ぞよ葉がくれに     一茶


合歓



小菅川に入。左右合歓の花盛り也。

古舟もそよそよ合歓のもやう哉

『七番日記』(文化7年6月)





   二日 元夢七年忌 多太(田)薬師ニ有

浅々の蕣(あさがほ)好やけふも咲

(あさがお)の下谷せましと咲にけり

『文化句帖』(文化3年7月)

(あさがお)の花もきのふのきのふ哉

『七番日記』(文化7年7月)

(あさがお)やあかるゝころは昼も咲

『七番日記』(文化8年7月)

(あさがお)やうつとしければ昼も咲


(あさがお)もさらりと咲て松魚(かつお)

『七番日記』(文化9年3月)

撫子



なでしこの一花咲ぬ小夜ぎぬた

『七番日記』(文化7年9月)

なでしこに二文が水を浴せけり

なでしこやまゝはゝ木々の日陰花


九輪草



九輪草四五りん草で仕廻けり     一茶


紫陽花



   鳴海

紫陽花や己が気儘の絞り染


紫陽花の末一色と成にけり

『文化句帖』(文化元年5月)

一茶が紫陽花と詠んだのは、2句だけ。

短夜やまりのやうなる花の咲

『七番日記』(文化9年5月)

「まりのやうなる花」は紫陽花のこと。

(すすき)



 されば、立砂翁と今は此世をへだてたれど、我魂の彼土(かのど)にゆきゝしてしりけるにや、又仏の呼よせ給ふにや十三廻忌といふけふ、はからずも巡り来ぬることのふしぎさに、そゞろに袖をしぼりぬ。

何として忘ませうぞかれ芒(すすき)


   七月七日墓詣

一念仏(ひとねぶつ)申だけしく芒哉   一茶


桔梗



photo by Hiroyuki Kusakari

きりきりしやんとしてさく桔梗哉

『七番日記』(文化9年8月)

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