八 晴 午刻白雨 アサノニ入 従酉上刻瘧大発 戌刻甚至止寅刻
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十 晴 上丁ニ入 『杖祝集』為清書 雖瘧中為推参所ニ今日申刻瘧発シテ至止夜戌刻
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[十]二 晴 牛(午)刻雨 甲(申)五刻瘧至夜戌刻
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[十]四 晴 午刻雨 畳干 未下刻瘧酉刻止
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[十]六 晴 未刻白雨 今日瘧止
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「瘧」は、一定の周期で発熱し、悪寒やふるえのおこる病気。マラリア性の熱病の昔の名称。わらわやみ。おこりやみ。
同年11月、一茶は皮癬(ひぜん)を発し、12月22日、籠山(こもりやま)の西林寺に入る。
[廿]二 晴 大西風 寒 入篭山
『七番日記』(文化13年12月)
西林寺

其後後安清被成[候]哉、奉賀。されば、私、前便に申越候通り、去十一月より、ひぜん発し、外へ行も延(遠)慮いたし居候所、去十二月十三日より、足のうらへも腫候へば、山寺に籠り療治仕候。
「ひぜん」は疥癬(かいせん)のこと。疥癬虫の寄生によっておこる伝染性皮膚病。「山寺」は西林寺のこと。
それがしがひぜんうつるな閑古鳥
『七番日記』(文化14年5月)
文政3年(1820年)10月16日、一茶は浅野の雪道で滑って転び、同時に中風が起こる。
小人も十月十六日に、淡雪の浅野の途中にて辷り転ぶと等しく、中風起り、五里の道も駕にて庵に乗り込、とみに大根おろしのしぼり汁にて、半身不遂(随)は癒候へども、いまだもとのごとくの足に成かね候。
病中俳諧寺のていたらく
袵形(おくびなり)に吹込雪やまくら元
吾転けて霜は柱と立にけり
『八番日記』(文政3年11月)
文政7年(1824年)閏8月1日、上原文路宅で中風再発、言語障害に陥る。
一 晴 不言病起
もどかしや雁自由に友よばる
『文政句帖』(文政7年閏8月)
梅堂・梅塵は一茶の病中を見舞い、歌仙を巻く。
文政10年(1827年)11月19日、持病の中風が昂じ、3度目の妻に見守られて、焼け残りの土蔵の中で65歳の生涯を閉じた。
史跡小林一茶旧宅

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