小林一茶ゆかりの地

観音院
我孫子から県道7号我孫子関宿線で野田に向かう。
享和3年(1803年)4月16日、小林一茶も我孫子から北へ、野田に向かった。
十六日 晴
我孫子より北へ入、野田を過て流山に入ル道に、一丈ばかりなる蛇蟠る。
大蛇の二日目につく茂り哉
我孫子から流山に行くには水戸街道(国道6号)をそのまま行くのがよい。
一茶は流山の秋元双樹の家に2泊して、18日には馬橋に向かう。
大川立砂は寛政11年(1799年)11月2日に亡くなっている。
県道7号我孫子関宿線と県道3号つくば野田線との交差点付近に観音院というお寺がある。
観音院の山号は霊地院、真言宗豊山派である。
観音院の鐘楼

観音院に十王堂がある。
十王堂

十王堂は天明3年(1783年)の浅間山大爆発の際に死亡した人の霊を弔うために建てられたと言われているそうだ。天明5年(1785年)の創建で、現在の十王堂は昭和53年(1978年)11月に再建したもの。
文化9年(1812)3月2日、小林一茶は目吹村のエンマ堂で美禄2年の石塔が掘り出されたと聞き、流山から十王堂を訪れた。
二 晴 夜一雨
目吹村エンマ堂ニ美禄二年ノ石塔掘出セルヨシ。今日参ニ美禄矢デ無之多ク文明、明応年間ノモノノミ。以之准之、美禄モ享禄ナラン。
『七番日記』(文化9年3月)
期待はずれだったようである。
「旅のあれこれ」のトップページへ
