2001年08月21日(火)  旧web日記より
オッティが家の子になった理由(わけ)1
今日はオッティの9歳の誕生日だ。
と言っても、オッティがうちに来てからは5回目の誕生日になる。
5歳になる直前にオッティは家の子になった。
それまでは、リリーと共に訓練を教わっていたある訓練士さんの犬だったのだ。
仮にY先生としておこう。
その頃、私はリリーとの関係に行き詰まっていた。
リリーは初めて飼った犬で、犬との付き合い方は全く手探りだった。
マンションで飼う大型犬ということもあり、しつけはちゃんとしなくちゃといろいろな本を読んだりしたが、
全然効果はなく、リリーに振り回される毎日だった。
リリーが1歳になった頃、ようやく飼主と共にできるしつけ教室を探し出し、リリーとある訓練所に通うようになった。
しかし、リリーとの関係は良くなるどころか益々悪化するばかり。
次第にリリーは私と目を合わさなくなっていた。
リリーが2歳を過ぎた頃、ある人からY先生を紹介された。
Y先生のところに通ううちにリリーとの関係は改善され、私は訓練の楽しさにのめり込んでいった。
1年通ううち、リリーはある程度まではよくなったのだが、そこから進展がない。
壁にぶち当たった気分だった。
そんな時、Y先生からオッティを引き取らないかという話が持ち上がった。
オッティはY先生の犬だが、初めからいい飼主が見つかれば手放すつもりだったそうで、
なかなか飼主が見つからないうちに4年以上が過ぎていたのだそうだ。
先生の方でも、急に手放さなければいけない事態になり、私はリリーの訓練で壁にぶち当たっている。
その壁をぶち破るきっかけにオッティがきっとなると先生は言うのだ。
うちにはもうすでにリリーの他にチップもいる。 オッティがうちに来るとなると3頭になる。
本当に飼えるのか? 随分悩んだが、シェパードは子供の頃からの憧れの犬だった。
これはいいチャンスかもしれない。 もう夫は、半分あきらめた様子だった。
私は「飼います。」と返事をした。
2001年08月23日(木)  旧web日記より
オッティが家の子になった理由(わけ)2
訓練犬として望ましいシェパードの姿は、服従・防衛・追跡(識別)のどれひとつ欠けていても
ダメなのだそうだ。
実際問題として、訓練所の犬は、訓練大会で上位の成績をとって
その訓練所の名前をあげなければ意味がない。
オッティはそういう意味で失格犬だった。 防衛がダメだったのだ。
気持ちがやさしすぎるのか、防衛の時、ムチが入るとすぐ噛むのを止めてしまうのだそうだ。
しかし、家庭犬として飼うには、むしろ防衛は入っていない方がいい。
オッティは、家庭犬としては申し分なかった。
オッティがもう大人で、人間でいうなら分別があったし、
服従訓練も入っていたので、常に私の言葉を待ち、でしゃばらずにいたことが、
リリー達にもやきもちをやかせなかったのかもしれない。
もちろん、リリーがとてもやさしい犬であったこともあるとは思うが、
犬達の関係は思っていた以上に良好だった。
オッティが来て一ヶ月程たった頃、一度リリーがオッティに挑んだことがあった。
しかし、すぐねじ伏せられ、それ以降、なんの問題もない。
オッティが家に来た事で、Y先生が予想した通り、リリーはよい方向へ変わっていった。
私がオッティと訓練をしている間、側で待たせておくのだが、
オッティの生き生きした姿が刺激になるのか、リリーの順番になると喜んで訓練をするようになった。
今まで5分と続かなかった集中が、随分と持続するようにもなった。
私も、訓練が楽しくなり、自然とテンションも上がっていく。 ますます犬達は乗ってくる。
訓練が本当に楽しい時間になった。
訓練というと、犬の訓練のようだが、実は、私の訓練というのが正しいかもしれない。
オッティは家に来た時点で、服従訓練は完璧に入っていたからだ。
問題は、そのオッティを私が動かさなければならないということだ。
はじめのうちオッティはY先生のハンドリングに慣れている。
その先生の「指示」のタイミングに私が合わせ、徐々に私のタイミングに変えていくという作業を
行わなければならなかった。 とはいえ、私は全くの素人だ。そんなに簡単にはいかない。
オッティも随分困ったことだと思う。
実際、訓練大会に出場しても、審査員に「犬は出来ているのに指導手が・・・」と何回も言われたものだ。
しかし、訓練は(自分の)本当に楽しかった。すっかりハマッてしまった。
オッティのおかげで何回も表彰台に上がらせてもらった。
JKCの春季大会で、理事長賞もいただいた。
その時のオッティと私が一対になったような、心が通じたようなあの感覚は忘れられない。
その後、急速に訓練から遠ざかっていったけど、今までの人生の中で、
最後までやり遂げる満足感を一度も味わったことのない私にとって、あの経験は、とてもプラスになった。
少しだけ自信がついたような気がする。
やっぱり、リリーを飼うときに思った「犬を飼うのは私の運命」という思い込みは単なる思い込みじゃなかったんだ。
今は、訓練やその他の大会にあまり興味がない。
やり遂げたという思いもあるのだろうが、やはり、犬との生活は日々の積み重ねで、
笑ったり泣いたりする時にいつも犬達がいるということが一番だとわかったからだと思う。
リリー・チップ・オッティ、ほんとにどうもありがとう。
随分長文になってしまいました。
最後まで読んでくれた方、どうもありがとう。
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