坂田ワールドはいい。そこにあるのは、驚くほど広範な知識と教養。子供のようなシンプルさと、シニカルなユーモア。遊び心あふれるセンスと小道具。そして、気負わない自然体の軽さ。そこには、陽光で乾かしたシーツのような、なんともいえない心地よさがある。

その心地よさは、もちろん、あの絵柄の独特のムードに負うところが大きいだろう。が、それ以上に、私は思う。作品のあの雰囲気を醸し出しているのは、坂田靖子描くところの交友関係の気持ちよさではないかと。具体的に言えば、親しい友人同士の交流。そのあたりについて、もう少し述べてみよう。

これまで、坂田ワールドでは、実にバラエティに富んだ友人関係が描かれてきた。学校の同級生。子供と大人。主人と召使い。同性同士、異性同士。言葉が通じなくても。相手が異国人でも、異種族でも、犬でも、幽霊でも、化け物でも。あるいは、表向き親子や夫婦であっても。いつでも人間関係の基本となるのは、対等な相手との忌憚無いやりとりであり、心の交流であった。
「友達ってのは人間に対する最高の尊称だとオレは思うぜ」と言ったのは、『CIPHER』(成田美名子)のアニスであるが、坂田作品はそれを地で行っていると思う。

その良い例が、『バジル氏の優雅な生活』における、レディ・ビクトリアとバジルとの関係である。バジルのプロポーズを断っておいて、「最上の友達でいてちょうだい」とのたまう、レディ・ビクトリア。この台詞、よく考えるととんでもなく身勝手なのであるが、作品中ではごく納得のいく、この上もなく彼女らしい決め台詞となっていた。できすぎだとは思いつつ、「夫も持ち、かつ異性の友人もいる」というシチュエーションに、萌えましたわね、当時も。そして、この2人の間で「友達として」のやりとりがなされるときは、ツーカーな、共犯者に近いムードが漂い出すのがいい。この友情、そこらの恋愛などとても太刀打ちできないほどに、味があって奥が深いのである。ただ、ビクトリアとチャールズの夫婦関係も、あれでなかなか味わい深いと思います。念のため。

また、『マーガレットとご主人の底抜け珍道中』に登場するマーガレット奥さんは、お友達づくりの達人である。旅の先々で知り合った人々や、隣家の小学生や、とにかく誰でもお友達と呼び、何でも一緒に楽しんでしまう。マーガレット奥さんは、まさに自然体で、人との出会いの妙を謳歌しているように見える。なので、例の「少女マンガ好きへの100の質問」では、絶対無理だと思いつつ「生まれ変わったらなりたい人」に彼女を挙げてみました。ちなみに、彼女とご主人との関係も、友人関係に近いものがあって楽しいです。

その他にも、『闇夜の本』での老人とバンダとの友情。『星食い』での、ジョニーとプラトンやマクシミリアンとの友情。『ライラ・ペンション』での、気の置けない女子高生3人組。また、やや「JUNE」テイストのある『村野』や、『誇り高き戦場』においてさえも。そこでは、枚挙に暇がないほどに、様々な友情の形が描かれてきたのである。

なぜ、坂田ワールドには、友情なのか?それは、坂田ワールドの独特の「軽さ」に大きく関係していると思う。おそらくこの世界では、相手と一体化を望むほどの、1対1の濃密な人間関係は重すぎるのだ。濃密な関係を描いた『アモンとアスラエール』のような作品もあるが、たいていの場合、坂田靖子描くところの人間関係は、お互いが適度な距離感を持ち、それを絶妙なバランスで維持している。それは、べったりしたもたれ合いや、少年誌のような熱血とは無縁な、いわば、孔子の言うところの「君子の交わり」。まさに水のごとく淡くあっさりした、自立した大人同士にしか望めない関係であると思う。

そして、何よりいいのは、そうした友情が、立場も性格も全く違った相手と通い合っていることである。というのは、往々にして、日本的な、じめついた人間関係においては、相手と似通った存在であることが、親しさの条件のように思われがちになるから。親しい相手に対して、自分と同じように感じ、同じように考え、同じように行動することを、無意識に期待し、期待される。そのため、親しい人間関係は、一歩間違うと、非常に窮屈なものになってしまう。

しかしそこで、あなたはそのまま、あなたの器でいるのが、おもしろいと。(しょうもないやつだけど、言葉が通じないけど、人間じゃないけど)友達だと言ってもらえたら。はからずも、レディ・ビクトリアが言った台詞のように。あなたの器だからこそ、おもしろい。そんなあなたが近くにいてくれたら、楽しい。そんな交流を他人と結ぶことができたら、人生ほんの少し、気が軽くならないだろうか。

坂田ワールドは、一見童心をかき立てるが、その実、こういうところは非常にオトナ向きの、成熟したものを感じる。そして人々は、その世界で、それぞれの現実と戦いつつ、時に気心の知れた相手と、お茶を飲んで談笑し、つぶやくのだ。「人生って楽しい」。「友達っていい」。

  より詳しいプロフィールは、公式HP、サカタBOX からどうぞ。
  ..2003-04-20..  

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