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『レベルE』上下 冨樫義博  集英社文庫

文庫で出ていたので、つい手に取ってみました。今や漫画界有数の問題児であるところの冨樫さんが、『幽々白書』『HUNTER×2』の間に描いていた、短いコメディ作品。傑作という評判は聞いていましたが、未読だったので。

まずは、読み始めて、絵の美麗さに見とれる。はああ、この人の、手抜きしていない絵を、初めて見たような気がする。こんだけ、美しく描ける人なのに、のにのにのに…
まあ、隅々まで気合いの入っているのは、最初の数回だけで、あとは普通に上手い絵という程度に落ち着くのですが、それでも、今の惨状を嘆かせるには十分でなのでした。

ストーリーは『ケロロ軍曹』を思い切りブラックにしたような感じ。地球に多数の宇宙人が、密かに潜伏している現在、その1つ「ドグラ星」より1人の来訪者があり。気まぐれで、性格がねじまがっていて、人に迷惑をかけることを生き甲斐にしているようなその人物は、ドグラ星のバカ王子。いや、「バカ」が彼の名前だとは、しばらく分からなかったよ。彼は、山形の高校性、筒井雪隆の下宿に強引に居候を決め込んで、はた迷惑な大騒動を引き起こすが…。

思ったよりグロかったり、スプラッタだったりで、引くところもありましたが、次第に話のトーンが安定してきたようで、王子と周囲との掛け合いを楽しめました。名台詞「常に最悪のケースを想定しろ。奴は必ずその斜め上を行く」も深く納得。その王子が、ラスト近くで見事にしてやられたりで、大拍手。
ホラーあり、SFあり、RPGあり。『HUNTER×2』の原型と思しきエピソードも多いです。おもしろかった。


Novels図書
『利休にたずねよ』 山本兼一  PHP研究所

第140回直木賞受賞作。文庫化されているのを見かけて、未読だったのを思い出しました。千利休をテーマに、その美の求道者としての生涯を描いた歴史小説です。
己の審美眼のみを頼りに、天下人に一歩も引かず渡り合い、歴史に足跡を残した千利休。ついには太閤に疎まれ、切腹して果てるに到ったその身の内には、若き日のただひとつの恋が息づいていた…。

テーマの多くがかぶっていることから『へうげもの』と比較される事が多いようですが、確かにかぶりすぎだろう。どちらも人の業や煩悩や欲もひっくるめての、美というものが秘める力。そして利休という巨人の大きさを描いていました。ただ本作の方は、利休の美への情熱が、ありがちなファム・ファタルへの恋慕に矮小化されてしまったようで、分かりやすいが今ひとつ。正直、『へうげ』を読んでいれば、こちらは必用ないと思います。


Novels図書
『林檎と蛇のゲーム』 森川楓子  宝島社

宝島社の第6回『このミステリーがすごい!』大賞で、最終選考に残って論議を呼んだという作品。その時の大賞作品が『禁断のパンダ』でしたが、こちらは後味の悪さでも群を抜いていました。それに比べれば、良くも悪くも小粒で、まあまあ軽く読める。ただ、よく考えると許せない、という突っ込みどころもいくつかありました。

中学生の珠恵は、母を亡くして、父親と2人暮らし。ある日父が、2週間の海外出張に行くことになり、留守の間、珠恵の見知らぬ女性が家に来ることになった。女性と父の仲を勘ぐって、穏やかでない珠恵だったが、とんでもない事件に巻き込まれてしまい…。

突っ込みどころその1、猫の件。展開上、必然性があるなら仕方ないとは思いますが、あの後のお軽さに比べれば、どう考えてもあそこまでする必用は無かったと思う。つい筆がすべって、ホラーな不気味さを演出してしまっただけに思えました。動物虐待エピソードをそう軽々しく扱ってほしくない。単行本化にあたって加筆するなら、そのあたりを見直しても良かったのに。

そして、致命的にメインの「ゲーム」が、納得いかん。つきつめると「お金」がテーマの話なのに、あまりにその扱いにリアリティが無さ過ぎです。母子家庭で育った少年が、自力で学費を稼いで大学を卒業し、まあまあ不自由のない暮らしを手に入れるために、どれだけ苦労しなくてはならなかったことか。なのに、そこをあっさり流して、小学生が高価な模型に手を出さない事と同レベルにしてしまったのは、あまりにヒドい。

結局彼がお金に手をつけずに済んだのは、別に彼が高潔だったからではなく、単に運が良かっただけではなかろうか。例えばあれで、身近な誰かが重病になるといった、不慮の事態が起こってしまったときに、石にかじりついても治療費を工面して切り抜けるくらいの相手でないと、ゲームを仕掛け甲斐も無いような気がします。

やっぱり野暮なツッコミだったかな。口直しにサイバラでも読もうっと。

Novels図書
『悪の教典』上下 貴志祐介  角川書店

貴志さん、久々の悪意したたるホラー。若くイケメンの高校英語教師は、実は大量殺人鬼だった、という、センセーショナルな話題作。かなり分厚い上下巻ですが、3日でサクサク読めました。

町田市の郊外にある某私立高校の英語教師、蓮実は、生まれつき他者との共感能力に乏しく、他者を害することに何ら罪悪感を感じない存在だった。彼は、仕事熱心で頼れる教師という仮面と、邪魔とみなす者を、容赦なく排除していく冷酷さを駆使して、学校という組織を掌握していくが…。

前巻はけっこう怖かったです。蓮実先生は途中まで、客観的には教師の鏡と言えないこともない行動を取っているのですが、その背景に彼の精神世界の、何とも言えない邪悪さがにじみ出ている、そのギャップが素敵でした。

が、途中から、彼がこれまで常に「うまく」やってきたはずの、残虐な解決法にボロが出始めます。まあ、あれだけいきあたりばったりに殺しまくっていれば、当然だよな。煮つまったあげく、安易に1クラス皆殺しに走るハスミン。そこから延々と続く殺戮描写と血の海。
正直、読んでいる間は辟易しましたが、『バトルロワイヤル』な甘酸っぱさもあり、それほどくどくはないので、読後には残りません。私的には、ドジを踏んだエリート野郎がブザマに転落していく話として楽しめました。まあ、蓮実の能書きであるところの、悪魔的な知能の高さとやらには、大いに疑問符の付くところですが。つーか、正真正銘の馬鹿じゃん。あれだけの事件に関わっても、日常に復帰できると思っている時点で。

傑作、とまでは申せませんが、ホラー好きなら読んで損はないと思います。


Novels図書
『ゆんでめて』 畠中 恵  新潮社

『しゃばけ』シリーズも、ここ数作はめっきりマンネリ、と思っていたら、今回は久々、印象に残る話でした。
連作短編形式ですが、1つ1つの事件が、時系列を遡るように凝った形で配置されているので、最初は混乱しました。もしや前巻から続いている話なのに忘れてしまったのかと、しばし考えたりもして。実はこれには、ある仕掛けがほどこされていて、やがてそれが明らかになります。最後に残される、ほろ苦い余韻。なかなかよかったです。

左の道を選んでいれば、失わなくてすんだもの。右の道を選んだからこそ、出会えた多くの人々。「正しい」道に戻ってしまった若旦那は、それでも、いつかどこかで選ばれなかった時空の誰かとも、出会うことができるのでしょうか。そう願ってやみません。

Novels図書
『絶句』上下 新井素子  ハヤカワ文庫

なつかしの新井素子SF。最近、ハヤカワから新版が再販されたのを、書店で見かけたものの、昔読んだはずの内容が、もののみごとに思い出せなかったので、とりあえず旧版の方を図書館で借りてみました。1987年刊行の吾妻ひでおカバーと挿絵のやつ。読後の記憶としては、あまりおもしろくなかったはずだったが、はて…?

主人公はSF作家志望の大学生、もとちゃんこと新井素子。彼女があるSF雑誌の新人賞の応募小説を必死に書いていたある日、いきなり彼女の小説の登場人物が実体化して彼女の元に現れる。その日を境に、彼女の日常は、SFな事態に根こそぎ浸食されてしまうのだった…。

はたして、アイタタ。これを書いた当時の新井さんの、若気の至りを目の当たりにしてしまった気がして、面白いかどうか以前に、妙に恥ずかしかった。いわゆるセカイ系の一種ですが、登場人物がこぞって、世界をひっくり返すような規模のあれこれをやらかしまくる割には、その視野の狭さったらはんぱじゃない。そうやって皆が皆、壮大に天然ボケしまくったあげく、誰も突っ込む人がいないまま終わった結末ときたら。さすがに作者本人にも、この当時にしか書けないお話だったと思います。よくこの再版をOKしたよなあ。

この頃の「SF」はつくづく自由だったようです。現実や常識の足枷のない能天気が許された時代。今や「SF」は、よほど現実に地続きであることを要求されるようになった。
この話は、おそらく、デビュー以来新井さんがこだわってきた「食物連鎖」ネタの集大成でした。土台解決は無理なテーマですが、それでも能天気さと力業でなんとかオチをつけてこられました。
ただ、今それをやろうとすると、あの複雑でやっかいな「エコロジー」なるものを無視はできないでしょう。取り扱いを間違えると、底の浅さを思いっきり露呈させるというシロモノには、もはや少々の能天気さでは歯が立たないと思います。合掌。


『ちょっと江戸まで』1〜4巻 津田雅美  花とゆめComics

『カレカノ』の後半の暗さに辟易して、離れてしまった津田さんですが、久々に気が向いて読んでみた新作、すちゃらかお江戸コメディ。幕府が崩壊しないまま、21世紀を迎えたパラレル江戸時代の物語って、『銀魂』かい!ともあれ、作者の時代劇萌えがぎっしり詰まった感じがなかなか楽しいです。最新刊の4巻が出たばかりですが、ほのぼのと面白いところは変わらず。

主人公、桜井そうび(薔薇 ♀)は、フェロモン男として名を馳せた大身旗本の落とし胤であることが判明し、江戸にいる「兄」に引き取られる。昌平坂学問所の中学校に通いはじめたそうびのクラスに、超セレブたる御三家、水戸藩の跡取りの若様が転校してきて…。
なんちゃってなツッコミ所はつきないものの、なにかとゆるいお江戸の日常が秀逸。父譲りのジゴロフェロモンを振りまくそうびと、女の子より可愛い若様とのコンビは、なかなか目の保養です。

Novels図書
『ハーモニー』 伊藤計劃  早川書房

惜しまれつつ早逝くされたSF作家、伊藤計劃さんの絶筆作品。2009年の日本SF大賞受賞作です。

人間は、「大災禍」と呼ばれる世界的な混乱により、絶滅しかかったことの反動で、ついには「生命」が他の何よりも重要視される、高度医療福祉社会を築き上げるに至った。主人公の女性、霧慧トァンの視点からこれでもかと綴られる、身体と精神の健全さのみをひたすらに追求する世界のブキミさ、息苦しさ。真綿で首を絞めるようにして窒息しかかっていた世界はしかし、ある日を境にして、急速に崩壊へと向かい出す…。

結局は、サードインパクトな話であったりするのですが、完璧を指向する社会も、為すすべなく壊れていく社会も、それぞれになんともいえない迫力と痛みを孕んでいて、読ませます。ただ、世界のリアリティや迫力は、正直『虐殺器官』には及びませんでした。「完璧すぎて息苦しい」世界の描写は、21世紀の今現在の世界の現実を省みて、どうしても「ありえねえ」感がぬぐい去れなかったので。性善説を根拠に、構成員の全てのプライバシーを晒すシステムって、お花畑にもほどがあると思います。

読んでいて、三原順の『ムーンライティング』のD.Dの台詞を思い出しました。人間が自然と戦って、人間に都合良い環境を創造してきた、という説に対して、「人間の感情や欲望なんかも(戦うべき)自然の内なんだろうか」とつぶやいてみた台詞。多分、そうなんだろうなあ。


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