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福澤さんの長編ホラー小説。なかなか評判がよかったのですが、確かに面白かったです。 主人公の中年サラリーマン。お買い得の中古住宅を手に入れ、意気揚々を引っ越したものの、倦怠期の妻とはぎくしゃくし、高校生の娘には汚いもののような目で見られる。会社に行けば行ったで、中間管理職の悲哀をなめ倒す日々の中で、やがてゆっくりと壊れゆくもの…。 壊れるのは、ズバリ、主人公の心です。そのリアルなコワれっぷりが徹底していて、いっそ爽快なくらいでした。 | ![]() |
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荻原規子久々の、日本を舞台にしたファンタジー。『梁塵秘抄』に掛けたタイトルのようで、舞台となっているのも、ちょうどその時代でした。主人公の草十郎は故郷の坂東で、日々の傍ら何かあると笛を吹き鳴らす少年だった。源氏の武将の郎党として平治の乱に参戦したものの、敗戦により命からがら落ち延びることになる。名のある武将達が、次々と平氏に捕らわれ処刑されてしまう中、呆然としていた草十郎はある日、1人の舞姫が、武将達の鎮魂のために舞うところに出くわす。草十郎は思わず、舞いに合わせて、笛を奏でたのだが…。 『勾玉』三部作を思わせる密度の濃いファンタジーでした。後書きで触れられていた通り、気が付けばニヤりとする程度に『勾玉』とつながりはありますが、基本的には独立した物語です。 笛と舞いとの共鳴を軸とした、少年少女の冒険譚。いつもの波瀾万丈な荻原節が楽しかったです。ただ、読み終えたとき、いつものようなカタルシスがなかった気がしました。思うに、ずーっと最後まで、草十郎視点からしか物語を追えなかったせいでしょうか。まっすぐで前向きといえば聞こえがいいが、つまりは単細胞な主人公。彼はあまり複雑に悩んだり、迷ったりしないので、どうも話が盛り上がりを欠いたまま終わってしまった。もう少し、跳ねっ返りの糸世さん視点での物語も見てみたかったです。自身の「舞い」に込められた力を自覚し、畏れつつも、毅然としていた糸世なのに、彼女の内面の葛藤が描かれなかったのは、今に思うともったいなかったと思う。 また、この時代のお約束の、歴史上の人物が大勢登場します。筆頭はもちろん、後白河院。この人は後の源平合戦の頃は、怪しい妖怪坊主に描かれることが多いですが、この話の頃はまだ30代。遊び人の若旦那といった雰囲気があって、なかなか新鮮でした。 | ![]() |
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こちらも6巻目。幾分発行ペースが上がった気がしますが、しんと心に響く世界は相変わらずです。アニメ化されるそうですが、できれば原作に忠実に作ってほしい。楽しみです。 「天辺の糸」。子守りに来た使用人の少女と、その家のぼっちゃまの身分違いの恋。『エマ』以来、ついそういうのに反応してしまうのであった。 「夜を撫でる手」。怖くて好きです。 「野末の宴」。ワタリのイサザさん、再登場。この手の、蟲師と一般人との偶然の交流話はツボらしい。今回、一番気に入った話です。 | ![]() |
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オビの「講談社漫画賞落選!」に笑ってしまった。このトホホ感がよく似合います。ともあれ、作中の年月は流れ、6巻目にして笹やんたちは、ついに4年生に。早いものです。 さて今回、おばさんはというと、あの斑目くんが可愛くてなりませんでした。いえ、前巻で、服を買うというミッションに挑んでパニックに陥る彼を見てつい、若さ故のアイタタを暖かく見守るモードになってしまったのですけど。今回はもはや、彼のケナゲさにしんみりしてしまいました。うーん、春日部さんでさえなければねえ。 | ![]() |
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ホラーの書き手として、某所で評判の良かった福澤徹三さんの短編集を入手。評判通り、背中がぞくぞくするような、正統ホラーでした。必要以上に、グロくも残酷でもない。そこにある気配のリアリティが秀逸で、これは拾いものでした。 表題作は、『新耳袋』を思わせるような、それほど脈絡のない短い怪異譚を集めたもの。1つ1つの怪異はベタでありがちなのですが、それを取捨選択しながら小説に編んだのでしょう。読むうちに、じわじわと集積効果が効いてきます。夜中に1人で読むと、本当に背後に気配を感じそうで、いやん。 | ![]() |
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『流血女神伝』新章突入。この「ユリ・スカナ編」は、おそらく最終章になるとのことでした。さて。 前章、「ザカール編」でエドと共に、エティカヤを出奔するという苦渋の選択をしたカリエ。ユリ・スカナのイーダル王子が、前回の旅に同行した縁で、カリエ達の保護を買って出てくれたことから、ひとまず、ユリ・スカナで、一通り不自由のない生活を送ることができた。その穏やかな日々の徒然に語られる、ユリ・スカナの現状。偉大なる女帝の大胆な改革により、繁栄しているかに見える一方で、急すぎる改革による歪みをもまた、内包している。そしてその歪みはこの先、女王の後継者の座をめぐって、表面化することが予想されていたが…。 新章の導入はいつもながら、急転直下した後の舞台と背景とを、すっきりと見せて納得させるのが、うまいのであった。この頃はまだ時間の余裕があるからでしょうか。でもさあ、これもいつものパターンですけど、前章のクライマックスでの、各人の事情やその時思っていたことを、今になってから、回想の中で詳しく説明するのはいかがなものかと。ラクリゼにしろ、サルベーンにしろ。全てが終わってから、あの時、こういう思いでいたとか。こういう事情があったとか、後付で解説するくらいなら、各人の抱えていた思いを、何で「その時」に、力一杯描かなかったのか。その一瞬に向けて、交錯していく思いを積み上げて、盛り上げていくのがクライマックスでしょうに。そこで、ドラマとして盛り込めなかったことを、今更、後出ししてくるのは、2重にみっともないので、やめてください。 ともあれ、こう来たかー!と思うラストで、先の展開は面白そうなのであった。だからどうか、書き飛ばすことなくじっくりと、最後まできれいに終わらせて下さい。 | ![]() |
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梨木さんが、その日常から社会問題までを、緩急自在に綴ったエッセイ集。『春になったら苺を摘みに』に続く第2弾です。 「ぐるりのこと」とは、文字通り、自分のごく近くの手の届く範囲にある事柄のこと。たとえば、生け垣という隣家との緩衝地帯のこと。たとえば、異国の旅で出会った人々のこと、などなど。そこから次第に、宗教や、新聞を賑わせた様々な事件などに波及していくテーマ。梨木さんの文章はいつも、この世界という途方もないほど巨大で複雑怪奇なものを目の前にして途方に暮れつつも、対象を辛抱強く身近に引き寄せて、その感触を確認しているような、暖かみと確かさがあります。 ただそれでも、今回は『春になったら苺を摘みに』に比べると、幾分、内容が観念的になっていた感は否めないです。これまでは、彼女の柔らかな感受性のおかげで、高みから正論を言う押しつけがましさを感じないですんでいたのですが、そのバランス感覚も、そろそろ揺らいできた気がします。あとほんの少しでもテーマ性が突出してしまったら、ついていけなくなりそうで。この微妙な位置づけも、いよいよ獣木野生に似てきたかも。 | ![]() |