2003.12.20
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頑張るなんて粋じゃない
大地震とスケートの名手チャップリン
誰がピーターパン症候群なのか?
塩でミネラルウオーターをポカリスエットに
雪の中で!ケイトは江戸っ子じゃ!
年の瀬の名物クリスマス・シティーラン!
下町浅草のナイト・スケート・フィーバー!
競技は真剣が楽しい
パリは祭りに燃えている
インラインスケートはメディアだ!
インラインスケートはお茶漬けの香りがする
ゼウスだ!オメガだ!関西の江戸っ子だ!!
 その2”ゼウスだ!オメガだ!江戸っ子だ
 その3” ゼウスだ!オメガだ!江戸っ子だ
2050年の旅(1)アスファルト・バロック
2050年の旅(2)SF的 平賀源内の大発明1
マックとsk8(1)バロック仕掛けのアップル
マックとsk8(2)ゲーデルとPowerPoint
ハイゼンベルクの申し子マツキヨの世界
ゆっくり急げ(1)マカロニ仕掛けの幸福
ゆっくり急げ(2)かっと目を見開け
年寄りの冷や水・傾向と対策(1)
花粉症スケーター・傾向と対策(2)
中高年のためのナンバ走法・傾向と対策(3)
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『私が滑降のイメージとして、惚れ惚れと見とれ眺めたのは、ちょっと意外に思われるかもしれないが、主を失ったスキーの板が孤独に流れて行く姿だった。』
『……ホー!!面白いですねー!いいですなー』
『私はそれを見ながら言いようのない美しさを感じたんだー!!』
『……ウーン、凄い美学ですよー』
『オイオイ……そう感心していてばかりでは面白くないよ!……?』
『いや!すべてが技術だプロのテクニックだと、見るスポーツが全盛の今の風潮を見ていると、岡本さんの美学は説得力があるじゃないですかー』
『そう言われると嬉しいが……技術一辺倒、器用であることがいいような考え方の中には、下手な者が自分はこんなものか、と言うような劣等感を持ったり、30過ぎたら駄目だとか、挙げ句の果てテレビで見るだけという弊害が顕著なんだ。』
『……なるほど。』
『とは言ってもだ……チャンピオンが真剣に競技する姿が美しいことは確かでもあるんだ!この真剣なというところが肝心なところかな!?』
『……ウッ!』

46才でスキーを始めた、狂い咲きと当時は言われたが、そんなこと当人はトント気にしなかった……スポーツも芸術も生活も、全部一体のものだった、だから歳なんて関係ないのだ。揶揄するものを哀れんだ、怪我を恐れなかった、骨折して入院中は病院を夜な夜な抜け出して、銀座詣で、ウイスキーで楽しく滑走していた。そんな不良老人がいた!!
岡本太郎、OKAMOTO taro (1911-1996)
Illustlation - YOSHINO masaki 2002
『チャンピオンの姿を見て、目や、頭で感激するよりも、たとえ下手でも、自分が滑りながら、瞬間瞬間に、心の中で躍動的に描くイメージのほうが、ずっといい。全身を賭けての喜び。それが人間存在の根本問題だ!!』
『なるほど、そこに真剣さというものが現れるンですねー』
『たえず自分自身の限界に挑戦し、不可能をのり超えてゆく。これは単にうまくなるということとは別のことなんだ!』
『……オォー』
『時には、恐ろしいと感じることもある、命がけだ!と感じることもある。だからこそ、それをのり超えること。それこそ真のスポーツの意味をつかむことなんだ!!』
(岡本太郎との疑似対談”岡本太郎の「挑戦するスキー」”講談社1977から)



Illustlation - YOSHINO masaki 2003
早い、目にもとまらない、という表現があるが、まさに目にもとまらぬワザだ。だれしもが認めるスピードの世界が目の当たりにある。マツキヨが助走を大きくとって滑走を始めると、観衆はジッと息を止める。それほどの緊迫感が一帯を凍らせる。それを知る者は期待と未知の事態を予感する。何が起こるかわからない、マツキヨは進化を続けている。アッと歓声をあげている間に、整然と並べられたパイロンの空隙を通り過ぎている……そのまま消えるのかと、思った瞬間……いきなり切り返して並んで配置してあったヨーロッピアン・パイロンの点列に飛び込んだ……それは更に緻密に並べられた小型のパイロンの列だ、背をこちらに向けたまま、両足はもの凄いリズムをとって点列を逆走しながら刻んでくる。


量子の世界には眩暈ととまどいがつきまとう。正方形が波を打って歪んで見える、波動と粒子の二重性という謎……量子力学でクォンタム・スラロームを解析するにあたっては、こうした幻覚に馴染んでいただきたい!!
バロック的天才図像作家、立命館大学の北岡明佳氏の作品
マツキヨは両手を大きく空に向かって挙げている。完璧な滑走だった、滑走芸術!!そんな言葉が浮かんだ。秋の気持ちのよい空気を爽やかにしてくれる、そんないい気分に浸った。岡本太郎が無心に滑走する一枚のスキー板に抱いた感動、それがいま目の前に再現された。観衆からため息と拍手が巻き起こった……マサドンも……この清冽な印象を共にした歓びに酔った。2003年10月に行われた光が丘インラインスケート・フェスティバルでのマツキヨのパフォーマンスは、かれの現在のポジションがどこにあるかを示した。ベテランスケーターから「世代交代!!」という声がかかったのだった。マツキヨは高校生になった……
スピードの世界だけが持つ、なにものにもへつらわない真剣さと純粋さ。ときに、それは恐ろしいと感じることもある、命がけだ!と感じることもあるものだ。麻疹(ハシカという一生に一度はかかると言われる病気)にかかったように、スキーに夢中になった時があった。36歳のときのことだ、ずいぶん遅く罹ったものだが、たまたま都会を歩くくらいのつもりで雪山に入ったのが運の尽きだった。風邪をひかないでスキーというハシカにかかってしまった。スピードとの再会があった、一瞬のうちに目の前を過ぎてゆく影に幻惑をそして年甲斐もなく嫉妬をもった。若い頃はこれでもローラースケートで町の中をかっ飛ばしていたんだ、と思い出した。いま想えば、それはたいした速度ではなかったに違いない。しかし、滑っているときの体感速度はそんなものじゃなかった。だが……う〜ん!直滑降か……こりゃーやるしかない!!


狭いスリットを粒子が通り抜けるときいきなり変身する,
こんなクォンタム=量子の振る舞いは凄いドラマなんだ!!

Illustlation - YOSHINO masaki 2003
直進する粒子は波動しながら進む、スリットを通過するとき、粒子は空間に分散して自分自身より狭い通路をこともなげにすり抜けてしまう。バラバラに分解したはずの粒子群は再びスリットを後にして何事もなかったように自分自身の姿を取り戻して進む。それは光の速度で起こる量子力学世界のクォンタム・スラロームだ!!素粒子はスラロームがお好き!!
マツキヨは量子の申し子のように振る舞う珍しいスケーターなんだ!!これまでに、多くのスケーターを見てきたマサドンの言うことだから、と思って聞いてほしい。こんなスケーターはマツキヨだけだ……相馬パパがよく頭を捻っていたのもここのところだ。『……どうも不思議だ!?』というのだ。だからこのところを丁寧に書かなければと、思う。実際、量子力学は不思議な物理学だ、アインシュタインは不可思議な量子力学を使わないで世界を理論化しようと研究を続けたが、結局それは失敗に終わった。理解できるできないではなく、そうゆう不思議な世界があるということが現実なんだ、と受け入れて行こうというのが今現在の結論のようだ。

Illustlation - YOSHINO masaki 2003
マツキヨの滑走を見ていると、そのもの凄い速度より気になることがある。その速度を生み出すエネルギーの発生場所だ。よく、相馬パパは「特別製のハイパワー・エンジンを足に備えたスケーター」という表現でマツキヨのスピードを言い表す。まさに、そうなんだ!!もの凄いパワーが足首の運動を中心にして発散しているのを感じるのだ。

Illustlation - YOSHINO masaki 2003
さて、この謎解きににかかろう。これは面白いことに、マツキヨにふさわしいと思うのだが、量子力学で考えて解決するんだ!……そう、ハイゼンベルグの不確定性原理をつかう,そうすると量子の世界では

Illustlation - YOSHINO masaki 2003
 Δx×Δp=h
(xは位置、pは運動量、h はプランクの量子化常数)
 Δt×ΔE=h
( t は時間、Eはエネルギー、記号Δについては下に説明を加えた)
が成り立つ。超微少の時間と自由エネルギーの積が一定。ここがポイントで,ハイスピードもしくは高速振動の世界では,創造的な余剰エネルギーを生み出すことが出来る。ΔEは新たに生まれるエネルギー、記号Δは曖昧度もしくは自由度を意味する。これは、人間の行動と観測態度によって変動する可能性を示している。このへんはなかなか理解が難しいかもしれないが、観測する側の裁量権のようなものと考えてもよい。つまりΔは実に人間的な存在の介入できることをも示している記号と考えるのだ。ずいぶん飛躍するナーなんて思うかも知れない、だが意外とミクロの世界は人間の息吹に感応しているらしいと考えられる消息が存在する。
たとえば
  1Δt×1ΔE =1h
をこの裁量で
  1/2Δt× 2 ΔE= 1h
というふうに考えてみるといい。Δtを半分にすると、一方のΔEは二倍になるという関係を上の式は示しているからだ。
プランク定数h。それは日常感覚では、余りにも微小で目立ちませんが、実はこの宇宙を根底から支えている基本的な定数の一つです。そして従来波動としてしか見られていなかった振動数νの光が、実はエネルギーhν、質量0の〈光子〉という粒子の集団であり、また粒子以外の何ものでもないと思われていた運動量pの電子が、実は波長h/pの波動としても振る舞うというのです。」(これは、なかなかいい解説だと思う。というのは、素人には肝心な処だけ記して、枝葉は極限まで省略することが必要だからだ。日常生活世界に緊密な部分のみ書く、という条件 を満たしたものであるから引用しておきましょう。「橋本喜明の”文化としての物理学”」から) Δtは微少時間もしくは周波数の逆数、その積が一定のプランク常数 h、この常数を人間の体にスーパーズームさせて相似律で当てはめる、という知的冒険をここでしてみよう。プランク常数 hは筋肉が一瞬一瞬に費やすカロリー量子に同定される。極微の原子世界をマクロの人体にズームすると同じ関係式が見つけられる、という方程式がこれ。……こんなことを書くと突拍子もないなどとビックリされることだろう。けれども人体には理解を超えた世界があっても当然なのだ。原子から構成された身体がその世界像をマクロの尺度にまで繋がるのは当然という考え方も成り立つ。これはごく日常的な世界で、頭だけで考えると混乱し奇妙に思うだけの話。体は量子の世界をその相似性で知っているのだ!!とくに、マツキヨのような優れた感性の体には直感的に解るのだと思う。
松岡正剛の「相似律」についてはルネ・ユイグ(Rene Huyghe(1906-1997)『かたちと力、 Formes et Forces」 1971の書評を参考にして欲しい。このユイグの著書の副題は「原子からレンブラントへ」だ、われわれは「量子からマツキヨへ」!!松岡は「エデンの園からきつねうどんへ」なのだそうだ? 身体というマクロ世界、そして一方では量子力学のようなミクロの世界。この異質である二つの世界の間に相似性が成り立つという発想、これを松岡正剛が30年も前に”相似律”と名付けた。じつは、これバロック時代の物理学者はこうした発想を大事にしていたんだ!!あのニュートンもじつはこうした考え方を持っていた、錬金術などと呼ばれているもののことだ。

赤く塗ったところでプッシュしている、体幹の二カ所が推進力を発生させている様子を図解した、インラインスケーターの場合、両足がこのように働くと考えていいとおもう。もーしさんはエディー・ワークショップの体験を図による解析を入れて見事に纏めている。在日韓国人スケーターのイムさんのサイトでは韓国でのワークショップの様子がビデオで公開されているのでこちらも参照していただきたい。
Illustlation - YOSHINO masaki 2003
いまでは錬金術などうさんくさいモノに見えるかもしれない。しかし、当時の化学、生化学、物性物理学、鉱物学、冶金学、進化論など多様な役割を果たしていたのが「バロック錬金術」だった。このことはこれからの時代を考える上で大事なことだと、知っておいて欲しい。相似律は、けっして伝統を無視した発想ではないということを!!
最近、スケーターの間で、ダブルプッシュという滑走法が話題にのぼっている。エディー・マツガーさんのワークショップで日本のスケーターが学んだものだ。足の筋肉が消費するカロリーを二倍に使う滑走法だ!!これを、いまみたハイゼンベルグの不確定性原理で理解するということが出来るのではないか。エッジの高い回転数を使うことでΔEを生み出そうという滑走法だ!!相似律から言えば、マグロやカジキなど時速100キロで大海洋を高速回遊する大型魚もまた、これと同じ原理をつかっているように思う。

スカラーの場を物理学者はこんな丸の布置で表す、パイロンを中心にしてマツキヨには創造エネルギーの分布がこんな風に見えているかもしれないのだ、だからパイロンぎりぎりを滑る……すると、パワーがグンと上がる!!
Illustlation - YOSHINO masaki 2003
先ほど、マツキヨのようなスケーターは日本には外に居ないんじゃないかと書いた……しかし、エディーさんのこうした技術とそれをキチンと教授できる彼の解析力からして、欧米にはマツキヨのような卓抜で個性的なスケーターが居るのかもしれない。エディー・マツガーの滑走する姿を十分納得するまでには見ていないのだが、エディーとマツキヨとの間には共通項が多いと思われる消息があるのだ!!……
エディーのワークショップに参加した相馬パパの話をここで是非とも、ご紹介しておきたい。
「エディーさんのスケーティングは、簡単にいうと、マツキヨの高速ワンフット(インとアウトで漕ぐ)を左右両足で行っている感じです。エディーさんは、ワンフットで道満の坂道を登っていました。結局これができれば、スピードレースもデュアルスラロームもトップに立てるようですね。」(光が丘パイロンズエディー・ワークショップの報告から)
「道満」とは埼玉県と東京の境に位置する荒川河川敷を利用した公園の名称。すーGさんのサイトを参考にして欲しい。このサイトにはエディーさんのワークショップの報告と写真を楽しむことができる。そのハードトレーニングぶりの一端が紹介されている。 だとすると、マツキヨは日本人という枠を離れた、なにかが潜んでいるのかもしれない。マツキヨ自身の言葉だと、インラインスケートを知ったのは父親の仕事の関係で在米中の幼少の頃のことだという。恐らく、ローラーブレード社が立ち上がった頃のことだろう。

2001年5月5日、中学生のマツキヨ
インラインスケートフェスタ・ヨコハマRUN表彰式で
光が丘パイロンズのサイトから転載
そこで、思い出すのがマツキヨとの最初の出会いだ。
マツキヨ少年に始めて会ったのは1998年12月20日、晴れた気持ちのよい日曜日だった。車のトランクから車椅子を降ろし、家内のドンはこれに乗り、私はインラインスケートを履いて車椅子を押しながら、光が丘公園の駐車場に備えられたスロープを登った。すぐに、小さな広場に出た。そこには10人ほどのスケーターが思い思いに滑っていた。家内のドンがいち早く気づいた、一人際だっている少年がいた。早速マサドンは彼に声をかけた。このときマツキヨは車椅子の家内に優しかった、ドンは感激していた。ミカンをプレゼントしたからではない!優しい心の持ち主であることはすぐ理解できた。キムタクのファンだったドンは急転直下、マツキヨのファンになった。こういう回転の速さを俗にオバサンと呼ぶのだろうとそのとき思った。澄んだ目でマサドンを見つめながら、マツキヨは聞いた”オジサン何ができるの?”……このときマツキヨは小学6年生……

マツキヨ(松山喬志郎)、マツモトキヨシと間違えるンジャー困ると思ったか?マッチャン & キョーシローとか呼び方に多様性あり。これもまた量子らしくもありだ!
2003年12月7日、光が丘公園
クォンタムスラローム……
この寒い中、やっぱりTシャツ一枚
Illustlation - YOSHINO masaki 2003
向上心か、追求する姿勢か、あるいは研究心と呼ぶべきモノかもしれない風圧を感じた。……ウッ……ウ〜ン!!……とマサドンは唸った。このときのマツキヨはまだずいぶん幼く見えた、体も今からみればずいぶん小さい小学6年生だ。だが、強く押してくる何物かを感じた。スケートそのもについては口数は少ない、が体の中では燃えているものがあるに違いないと知った。たまたま私達はこの出会いをビデオに記録していた、いま改めてこの5年前のビデオを見ると、すでにしてマツキヨの技術水準の高さが顕著に現れている。Tシャツ一枚で真冬の空気を鋭く切って滑る姿は今も変わらない。”マツキヨは凄いよー……だってさー……いつもTシャツ一枚だもん!!”というのはマツキヨよりも年下の風の子であるはずの小学生スケーター達だ。この姿からも彼の発揮するエネルギーが抜きん出ているものであることを実感する。体全体が生み出すエネルギーが通常のレベルではないこと、二つの足首を回遊魚のようにダブルプッシュさせながら、筋力エネルギーが運動量へと効率よく集中されることから生まれる高いスピードと安定したリズム。
さてだ、不確定性原理は何故、二つの公式を並記することで表現されなければならないのだろうか。その理由を、インラインスケートで確かめてみよう。パイロンの列を横から眺めるとスケーターの運動量と横顔とが一塊りになって移動する空間がある。一方パイロンを縦方向から見るとスケーターは左右に振動しながらこちらに向かって次第に大きくなって迫ってくる波動がある。前者をΔx×Δp=hと表現したのがハイゼンベルクの原理を粒子=空間で表現した世界。後者をΔt×ΔE=hとハイゼンベルクは表現した、これは時間=波動=振動の世界。
量子力学では物体は粒子であとともに波動として同時に捉える矛盾した世界観を基底原理としている。だから、二つの方程式でこの二つの全く溶け合わない表象を同時に表示する。これが量子力学の通常の書き方なのだ。クォンタム・スラロームから解ったことは、パイロン列を観察する二つの視点を併置し両立させ、統合することでこのクォンタムの運動原理を理解ることが出来るのだ。

Illustlation - YOSHINO masaki 2003
岡本太郎がいうところの”真のスポーツの意味をつかむこと”とは矛盾の中の統合された現実を、大脳新皮質が支配する常識的な表皮を突き抜け、皮膚感覚と中枢体覚で見いだすことなのかもしれない。
さて、ここまで読み進められたあなた!!「真のスポーツの意味」の姿をマツキヨのパフォーマンスを通して見るとともに、まったく同時に、量子力学の核心をも理解してしまったのだ。オー……なんと凄いことができてしまったのだー!!……だからスポーツはいいのだ!
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クォンタム・スラロームの真実は原子の真実と相似であった。量子力学にはほかに、シュレーディンガーの波動方程式(高速で運動するモノはすべて波動することを数学的に定義したもの)、ボーアの相補性原理などがある。しかし、そうしたものは専門家になろうとする人は別として、われわれには特に理解しなければならないほどのものはないと思う。ハイゼンベルクの発見した原理こそ原子の世界の事実に見いだされる理論の核心なのだと言える。
ハイゼンベルクのエッセイ集「部分と全体」が与えた影響は文学、美術、評論、精神科学、哲学と広範な領域に及んでいることを見ても不確定性原理の現代文化のなかの重要性が反映されているのだ。聖少年作家の稲垣足穂は、ハイゼンベルクの「部分と全体」をまるごとパロディーとした驚くべき作品を残している。これほど熱狂的に迎えられ、深い影響を与えた物理学者は外にいない。マスコミ受けするアインシュタインとは全く別次元の話だ!!ハイゼンベルクの発見には人間存在の根本問題がふくまれているからだ。だからこそ、マツキヨのクォンタム・スラロームと共振した!!

ハイゼンベルク(Heisenberg,Werner Karl). (1901〜1976)
不確定性原理を発見した時のハイゼンベルクは弱冠26才そのころのポートレイトから描いた。原典は  2000 ff by ICA-D, D-76751 Jockgrim, GermanyVerantwortlich im Sinne des Presse- und Multimedia-Rechts: Dipl.-Ing Rainer Detering, Waidweg 18, 76189 Karlsruhe
Illustlation - YOSHINO masaki 2003
あまり強調されることがないのだが、ハイゼンベルクは大変なスポーツ愛好家でもある。スキー、水泳、登山、ヨットと主にアウトドアー系のスポーツを愛していた。仲間と造った山小屋に最先端の原子物理学者のスキー好きが集まった。雪山の中での熱烈なディスカッションがあった。不確定性原理を発見したその時、ハイゼンベルクは弱冠26才、新進気鋭の若手研究者として頭角を現していた。大学の講師として職を得た。しかし、強度の集中からか病に倒れた。かれは転地療養を必要として、この海岸の保養地に来ていた。誰からも邪魔されない、なんの雑用に煩わされなくてよい環境がこうして準備された。発見のその日、彼は興奮して睡眠をとることが出来なかった……夜の明ける前、海岸線にそびえ立つ岩礁によじ登りはじめた、暗闇の中の危険な登攀のなか東の空が次第に薄明るくなっていた……頂上に立ったとき朝日が昇った。不確定性原理発見の興奮と自然の深い美しさの関わりに青年科学者は人間存在の根本問題を感受して熱く感動した……
松山喬志郎ことマツキヨは進化している、これからも彼のパフォーマンスは予測できないクォンタム・スラロームの真実を見せてくれるに違いない。エディーさんのダブルプッシュ滑走法とともに多くのスケーターと共に楽しんでゆきたい。
そこに「マツキヨの世界・2」が展開することだろう。

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