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| 改訂 2003.6.20 初版 2001.10.9 |
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| 慈雨の光が丘 | 2001年10月8日小雨、こういうのを慈雨というのだろう。うちのカミサンなどはしきりと空を見上げて溜め息ばかりついてるが、私はそうじゃない!……ここは多くのスケーターに知られた光が丘団地の中、公園を控えた広場は霧雨が降り始めていた。われわれ夫婦が到着したときは少し早かった、近くのスーパーで昼食のおにぎりを買いだしすることにした。まだ、昼食にはすこし早いので、近所を簡単に一回りして戻ると相馬さん一家が家内と立ち話をしていた。 雨は止みそうにない、大人はなかなかブーツを履こうとしない、そんな大人を後目に3人の少年達は早くも軽く滑り始めた。しめた!! ケイトは外周コースへ行きたいと言う。青い色のビーズを拾う場所へ行きたいのだそうな。ヨッシャ!マサドンも連れっていってくれと申し込む。家内も調子を合わせて、うちのオジサンを一緒に連れていってあげてなどと言ってる。 |
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| 少年リーダー | 『オジサン!……変なコースへ行くけどいいかなー?』 ときた、たいがいのところは知っているつもりだ。 『……大丈夫!!』 と答える。 『……ここは、坂が急だから気を付けて!』 と、親切なアドバイスが前から飛んできた。 『オー!!だいじょうぶ!だいじょうぶ!!』 『フフーン……そうか』 ケイトはマサドンと少年少女を含む4人のグループのリーダーとして指示をだしているのだ、とここで解った。いい出だしではないか、こう来なくっちゃ。 |
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![]() Collage - YOSHINO masaki 2001 |
雨の中の大滑走だー | 外周コースは木の下だけが乾いていたが、かなりスリップしやすくなってきていた。このとき私の脳裏にもう一つの光景がコマ送りのように流れた。それはかなりまえ神保町のスポーツショップで手に入れたビデオの映像だ。たしか、スイスの大きな街の中をスケーターが大きな塊になって賑やかに滑っている光景だ。それが、雨の中の大滑走なのだ。こちらは、少々規模は小さいが、堂々たる雨の中の大滑走の気分にとだんだんなってきた。 |
| 少年少女の宝 | 盛り上がりは十分、なんて言ってるうちにケイトが止まった。オジサン!この木の下に青い色のビーズがあるよ!なるほど、木の実が沢山落ちている、その中から小さなまん丸のビーズを示した。ドングリよりかなり小さい。少年のお宝とはこれなんだな、と感心しているところへラプソディー・イン・ブルーが流れた、家内からの携帯だ。早く帰って来なさい!!ほいほい、きたきた、老婆心とはこれか。このとき一人の少年脱落者が出たが、残り三人は暫く未練がましくダイヤを探してみた。 | |
![]() 駒沢公園で世界最初、トリックスラロームのモクソン・ワザを成功させたモクソンさん、このイラストは駒沢公園のほんまさん撮影の写真を下絵に用いて描いた。モクソンさんの瞳が素敵な写真ですねーほんまさんのお陰で、一度も会ったこともないのに、まるでモクソンさんに出逢ったような錯覚に陥りましたわー。 Illustlation - YOSHINO masaki 2003 |
ケイトは決断した、元に戻るコースは取らずに前進すること、老婆心に負けないこと。そう、競技に勝つことだけが戦いではないこと。人生は猛烈な戦いなのだ、本当に遊びたかったら戦わなければならないこと。この選択肢を短い時間で決心すること。やったー!!と大喜びのマサドン。リーダーたるもの真っ先に滑り出した。このコース、オジサンしらないでしょう!大丈夫かな!みんな!この白いところを僕が滑るから隣の黒いところをオジサン滑って!なるほど、こころ配りである。黒いところがスリップしにくかった。坂を上るとトイレが現れた。みんなー!トイレに行きたい人!いる?と、ケイトが振り返って言った。ケイト君行きたいのならオジサンここで待っててあげるよ。ボクはねーいきたくないんだー!ほほーこれもまたケイトのココロ配りでした。 | |
| しきりにケイトがブーツを路面にはたいている、どうしたの?ベアリングが濡れちゃう!早く帰って乾かさなくちゃ!またもやラプソディー・イン・ブルーだ、ケイトのスピードが上がっていた、マサドンはここでいまや街に氾濫する醜いスタイルで携帯にでるはめになった。滑走しながらの返事はどうやら内容は空虚になるらしい、いいかげんな返事したのだそうな。これはマサドンがカミサンから後で叱られてわかったことさ。 | ||
| トムソーヤの冒険 | さて、慈雨のチャンスは思いのほか早く来た、体験が新鮮な内に書いておきたくなって”雨の大滑走”を簡単に記録した。相馬パパ、つまりケイトの父親からのメールが早速届いたので、それを読んでいたら、子供時代のマサドンを思い出した。親から独立した少年だけの世界のことだ、大人を決して入れない少年達だけの”遊びの世界”があった。あの小雨の降る日曜日、インラインスケートという少年少女と共通した遊びの基盤があったからこそ、マサドンは子供だけの遊びの世界に招き入れられた。その報告は父親にとって未知の世界であったようだ。丁度、トムソーヤの冒険に同行させてもらったマサドンというシチュエーションかな? | |
画家、彫刻家、建築家、家具職人、テレビタレント、哲学者、精神科医、エッセイスト、ピアニスト、写真家、ダンサー、民俗学者、スキーヤーなど全てにわたってプロだった、ピカイチの江戸っ子 岡本太郎、OKAMOTO taro (1911-1996) Illustlation - YOSHINO masaki 2001 |
秘密の場所に子供だけの宝物と話、それに夢があった。清らかなロマンだ!大人はこの遊びの世界を守ってあげる義務があると思う。マサドンは江戸っ子の大人達から沢山のロマンを贈られた、子供達の遊びと自由な場所を守ってくれた大人にいまも感謝しているんだ。そしていま、光が丘の少年や少女がいつか自分たちの親にマサドンが感じたのと同じような気持ちで感謝するときが来ると見ている。 | |
| さて、中高年にとっての”遊びのバイブル”とでもいうべきものがある。少年少女の遊びの世界から学んだノウハウを中高年スキーヤー・インラインスケーター向きに見事に集大成したものだ。『岡本太郎の挑戦するスキー』(講談社、1977年)がそれだ。この本は、いまではなかなか手に入らないものかもしれない。そこでマサドンがスケート仲間と一緒に読むような気分になって、面白そうなところを引き合いにだしながら書いてみたいと思うのだ。 | ||
「らくらく上達インラインスケートBOOK」ノースランド出版、1998、P56の写真を下絵にしました。モデルは森正樹さん。この本では山北しのぶさん、寺田良太さん、と日本のプロを代表する3人がモデルになっている見事な初心者にも親切なハンドブック。勿論エキスパートにも示唆するものが多い!! Illustlation - YOSHINO masaki 2003 |
無条件に、無目的に挑むこと | 「芸術においてもスポーツにおいても、みんながいきいきと、創造的に、自分自身を打ち出すことが大事だ」と岡本太郎は切り出す。それには「無条件に、無目的に挑むこと」が創造の真のエネルギーとなるのだと。他のなにものにも囚われない自由な精神には、このことが必須だと岡本はいう。ここでいう「無目的に」とは、例えば出世しいとか、金儲けをしたい、あいつに勝ちたいなどという邪心を捨てろということだ。また「無条件に挑む」こととは、もともと「人生は、即危険な”遊び”」そのものに他ならないのだから、それを避けて通らないこと、つまり”お遊び”へ逃げないことだと岡本はいう。「危険をのがれようとして、ちょっとでもひるんだら、すべては空しくなってしまう」のだ。遊びを通して人生のなんたるかを知る、ということなのだ! だから遊びや祭りは”人生の薬味”となる。 |
![]() ケイトのモクソン・トゥートゥー・ワザは相馬パパのHPのビデオでその動きを観賞して欲しい!眩暈を感じることだろうと思う!しなやかな動きが目覚ましい、遊びの世界に浸る快感が共に伝わってくる感動!!きっと、あなたも少年時代に帰ってしまうことだろう。モクソン・トゥートゥー・ワザさらにmokusonクロスなどのバリエーションを楽しんでほしい。 llustlation - YOSHINO masaki 2001 |
”お遊び”ではない | 「私の言うのは”遊び”である。ただの無責任な”お遊び”ではないのだ」と重ねて強調する。岡本は続けて、いわゆるチャンピオン・システムを「本当のスポーツの自由感があるとは思えない」と批判する。ただ勝負や数字だけに捕らわれる競技システムにはスポーツの精神を損なう危険がある。それは、広い意味でプレッシャーの下に悲壮になって責任をとろうとする選手の態度を”お遊び”の世界に属すると論断する。「チームのため、郷土のため、国の名誉をかけて、などと悲壮に責任をとろうとする。確かに真剣なようだが、実は一定の枠のなかでの勝負ごと。本質的にイージーなのである」。 |
| ではチャンピオン・システムを超えたものとはどんなものをいうことになるのだろうか? 「スキー・インラインスケートでは闘う相手は”純粋”に自分自身だ。……チャンピオン・システムは条件的他者との相対的な壁に向かって闘うものだ、それに対しこちらは自分自身の肉体や精神との絶対的な壁との闘いだ」と哲学的に岡本は答える。 勿論、こうした主張に同意しない向きもあろうと思う。だが、これは岡本の実体験から導き出した結論だ。けっして、スポーツを頭の中だけで考えて到達したものとは本質的な違いがあるのだ。当然、岡本のなかにはそれまで熱中していたゴルフが念頭にあったかもしれない。 |
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| ゴルフに何か今ひとつ”純粋”に打ち込めない物を感じていた岡本が到達したスキー観がこれだった。「たとえ競技でも、スキーなら相手と勝って勝負するというような場面でさえ、ひたすらに自然=自分自身に挑み、猛烈に体を投げる……純粋さがある」というのだ。「そして自分自身を乗り超えて、歓びををもってねじり伏せるのだ。そこに美しさ、純粋さ、絶対感がある」。 「ところで不思議なことに、スキー場で親などと話しているよりも、子供たちとひどく気があってしまうのだ。子供は天衣無縫だ。その態度、言葉つき─一番こちらにピタッとくる。わたしはその雰囲気のなかにとけ込んでしまう。互いにピンピンとこたえ合う。」 |
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![]() ビデオをご覧になれない方のために、相馬パパのビデオを分解写真で見ていただきたい。三枚の写真がロールオーバーになっているので写真をクリックすると下から別の写真があらわれます。 |
岡本が感受したのは子供の純粋さ、絶対感、そこにしかない美しさ。まさに、岡本がスキーに転向してからずーっと求めていたものがここにあった。創造的に、無条件に、無目的に自分自身を打ち出す遊びの天才それが子供だ、少年だ、少女だ! これで、岡本太郎の教師は天真爛漫な子供であることがはっきりしたことと思う。このサトリに至るまでには岡本がたまたま家族スキーに出会うというきっかけが出発点となった。家族が揃って同じ遊びを一緒に、そして夕食も。この日本人がそしてサラリーマンが忘れかけていたもののなかに宝が隠されていたのだ! |
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| マサドンはその日まで気がつかなかった。……ハッとした!……ケイトの両足が内側に向いているんだ?……うぬ!……こりゃなんだ? 早速イラストにするために光が丘パイロンズのサイトから写真をダウンロードした。描いてゆくうちに足と足が内側に向かって一直線に整列しているのが理解できた。オープン技を足を外に向けないで、内側に向けて外へ加速してゆく。書いてるうちに解らなくなってしまうが、そこはそこ、イラストでご理解いただけるであろうか。 |
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| 描き終わって、うーん、これは一体なんというものなのかがわからない。いままで気がつかなかったマサドンのうかつが悔やまれる。そこで、早速マサドンは相馬パパにメールを送った。こうして、返信メールでこのオープン技の全ての事情が初めて明らかになった。 相馬パパの見事な解説をそのままのかたちでご紹介しておこう。「オープンの反対(つま先が内側に向く)は、“モクソン”といいます。駒沢公園のスケーター、モクソン(木村)さんが世界で最初にやりました。それを見たケイトが、世界で2番目にやりました。さらにケイトは、“モクソン クロス”、“モクソン トゥートゥー”という技を編み出しました。これらの技は今のところケイトしか出来ません。」 |
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| Created using Mac. Photoshop . Golive | ||
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