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| 2003.11.10 | ||||||||||||||||
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『…日本はこれから景気よくなりますよー!!』 『……?』 『景気の悪い話ばっかりだけどねー……実はねー』 『ホー……!?……なんかいい話のようですねー』 『…これは極秘情報なんだけどね〜!!』 『ホ〜?!極秘なんて〜聞くとドキドキしてきますね〜……』 『……!!』 『たとえそうではなくっても極秘って!!〜言われたらワクワクしてきますよ〜』 『いやー!!〜本当に……これは極秘なんだ……』 『……』 |
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| 『と言うのはだね〜私は今新たな設備投資の仕事に関わっているんだ。一兆円の資金を日本のお家芸に投入しようというのだ!!』 『ホ〜?日本のお家芸?!』 『まぁ〜、IT産業はすっかりアメリカに牛耳られてしまった!』 『なるほど、パソコンのOSだインターネットだと、話はテレビで見て知ってますが?……』 『我々はここなら絶対負けない自信がある、というところに投資しようと企業の垣根を越えて協力する体制を作ることにとうとう!!成功したんだ!』 『その投資先が日本のお家芸と関係があるんですか?』 『そうだ!まさに伝統ある日本のお家芸なんだ!』 『トロンなんかも関係あるんですかねー?』 『大きく見てマルティメディアの周辺すべてが日本のお家芸なんだ!!』 『……?』 |
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| 『平賀源内を知ってるかなあー』 『……アーあのエレキテルの源内でしょう!』 『それだよ、日本のお家芸を作った人だ!!』 『つまり、これも極秘というわけですか?』 『……うん!オッと……そのビルの前で降りますッ!』 |
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![]() 平賀源内肖像(1728-1779)・これは中丸精十郎画伯が想像力で描いた肖像画、 明治19(1886) 油彩;からコラージュした。(早稲田大学図書館所蔵) |
2050年、この年、源内の未発見であった発明品と思われる遺物が掘り出されてきた……車輪のような形のものがの付いた木で作ったもののようで、恐ろしく軽い靴に似たものだという!? まーこういった話題は、いまどきなら新聞やテレビで騒がれるというのが通例と思われるであろう。ところが……この半世紀も後のこの時代にはパルプを原料とする紙印刷物はマスメディアでは禁止されている、当然のことだが「マルチ・パーセプショナル・ディスプレー」からの情報なのだ。直接すべての感覚に情報を伝える事の出来るディスプレーについては追々触れるとして、これらすべて、2000年になってわずかばかり過ぎたわれわれの常識は、この2050年では通用しないと思って頂かなくてはならない。 |
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| さてだ!……これを知った、われらがご隠居カワハラ老人スッくと立ち上がった……オイ!!若いもん俺についてこい、現場まで滑ってゆくぞー!バカもん誰だ?!眉に唾なんかつけてる青っちろいインテリ野郎は、遊びってーものをしらねーのか、うちの若いもんに、まだこんなのがいたのかーあきれたもんだ、まったく!!俺んとこじゃーとっくにこんな無粋なもんは消えていたと思ってた、しょーのねー奴だなーお前は!! ……オイ!!こいつをたたき込んでやる?!……一緒に連れてゆくぞー!!……もたもたすんなー!遅い!! |
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| こうして、カワハラご隠居と付き添いの若者達ご一行は、早速、発掘現場へとシティーラン大旅行の出発とあいなった……と、こうすんなりゆけば、話は簡単だ。ところがこれがなかなかすんなりと出発できない。さあーあれが無い、これが足りない、あいつは何処行った、と大変な騒ぎが始まった、こんなことは慣れっこと復活黄表紙本ソフトに入れ込んでるのまでいるから、いつまで経っても荷物ひとつ纏まらない。すったもんだの末に78歳なんて年齢はブッ飛ばせと、短気を起こしたカワハラ氏、ようやくブーツに脚をいれた。と、ここでご隠居、アカン!と唸った、生理現象を催したのだ、近頃トイレが近い、というわけでまたもや逆戻り……マッたくいつになったら…… | ||||||||||||||||
![]() 日本橋浜町河岸周辺を江戸時代と現在を重ね合わせた地図で見る。当時このあたりは水郷地帯であり、武家の下屋敷がゆったりとした敷地に集まっている。西には旗本の屋敷、豊かな商人の家作などが見られ、その更に西には馬喰町の宿屋街がある。現在は浜町スタジオ、明治座、浜町公園など、上を首都高が隅田川=大川を跨いで架かる地域である。 (復元・江戸情報地図・安政の江戸が現代の東京に甦る.朝日新聞社刊.1994;の一部から表示) |
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| 国道と言わず主な幹線道路には自転車車線と共有のインラインスケート専用車線が完備している。であるからしてだ、問題があるとすればやはり年齢のことか?と、内心すこし心配の同行者もいた。が、だがである、カワハラご隠居に限ってはさにあらず。生まれ故郷が発掘現場であったという幸運が幸いしたか、あるいは災いと言うべきか?そこに遺跡があったということに興奮しきって少々精神状態がおかしくなってきていると言う問題だった。なにを見ても聞いても源内しか眼中にはない。ホカのことは上の空なのだ。 | ||||||||||||||||
ニューヨーク市内のインラインスケート専用車線の標識マーキングがこれ。2050年の日本の専用車線のマーキング、これからの若者が美しく決める…… Illustlateion - YOSHINO masaki 2003 |
両国橋に近い隅田川沿い、浜町の自宅にはカワハラ家のありとあらゆる古いモノが納められた防火造りの棟がある。先祖の残した訳の分からないカビの生えたような道具やら箱類、黄ばんだ古文書までその数は膨大で、だれもそんなものに手をつけようとするものは居なかった。ところが、この一件が持ち上がってからというもの、カワハラご隠居はこの土蔵に一日中入ったまま出てこなくなっていた。夜も昼も土蔵には明りが消えなかったのだ。 | |||||||||||||||
| 周囲の心配なんぞ気にしない性格が遺憾なく発揮されて、調査はかなりの早さで進んだ。どうやら、源内は実に多くの驚くべき発明を成し遂げていたのだ。そしてだ!ここが源内の源内たるところなのだが、その隅々にいたるまで粋な言葉の遊びで洒落のめしているのだ!!すっかり源内の言葉の遊びに打ちのめされ、洒落に染まったご隠居は、自身まったく生粋の江戸っ子の気分になってしまったのである。生まれた場所、生まれた時代、生まれつきの文化を超えて江戸っ子になれると確信したご隠居は、もう有頂天、気分は源内そのものとなった!! | ||||||||||||||||
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さてここで!!……この人、平賀源内だが、発明家であり医者でありまた優れたエンジニアである……このへんまではまーご存じの向きも多かろうと想像する。が、源内となると、それほど簡単に切り込めないのだ!!……では、ここで一気に列挙してみるか。まずは、世界で最初の博覧会プロデューサーとして、最初の宣伝コピーライターとして、日本で最初の洋式油絵画家として、最初のメディア雑誌編集者として、最初のSF小説作家兼SFプランナーとして、最初の大規模な鉱山開発者として、まだまだある……最初のプロジェクト型運輸事業者として、最初のプロダクトデザイナーとして、最初の流通ネットワーク組織者として……これでもまだ終わらないぞー……最初のファーストフードチェーン店の組織者として、またまた浄瑠璃作家として、俳諧の粋人として、エッセイストとして、浮世絵のプロデューサーとして……日本最初の電気技術者として、さらに、ここが肝心なところだが、俳諧ネットワークを駆使した全国的規模のメディアネットワークを発見した人物として…… | |||||||||||||||
| これで尽くされたと思うのはまだ早計かもしれないほどなのだが……こちらだって限度というモノがあるではないか!そしてご当人の源内はそうしたものを超えて存在している人物だ。いやはやどーも凄い人物がこの日本には居たものではある。オランダ渡りの最新科学、最新の医学、最新の技術を日本の風土の中で、江戸の文化の中で江戸文化そのものとして消化してしまった。こうなっては、源内を日本人の特質を見事に開花させた人物として記憶されなければならなくなるではないか! | ||||||||||||||||
Illustlateion - YOSHINO masaki 2002 |
『源内はなッ!いいか、よーく聞け!インラインスケートを発明して居ったのじゃ!!』 『おっと、ご隠居?ホンマですかいな?』 『あのディスプレーの立体構造からして、俺の直感は間違いない!材質が何かは確かめないといかんのだが……』 『金唐革もそうでしたが、源内は必要に迫られて発明することが多いのに……なんで、当時まったく実用的でもないインラインスケートを発明する必要があったんですかねー?』 『だいたい江戸時代を侮っているからそこが見えないんじゃー!おまえの方がアホじゃ!!』 『……ご隠居!まるで自分が源内になったみたいな……言い方じゃーないのー?』 『江戸時代の街道の路面がどんなものか考えたこともないじゃろう!』 『ホー……一体どんなだったんです……?』 『そいつはわしだって知るはずもない……だがじゃ……いいか!オツムをつかえば少しは見当がつくんじゃよ!……オイ!!オムツを使ったらどうなる、なんて茶々入れるやつは何奴じゃ!』 |
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| 金唐革とは、美術工芸品としては高級に属する革細工の装飾品。源内は和紙を加工して金唐革モドキを発明した。後に、明治時代には日本の特産品にまで成長し、輸出産業に貢献した。 | 『ってー言うと、スケート出来るほどだったんですかねー?』 『というよりもだ、幕府はだなー主だった街道を守るために主に人の足と、大八車や小さな荷馬しか街道を行かせなかった、ということは分かっている』 『ホー時代劇とはだいぶ違うんじゃないですかー』 『時代劇に出てくるような、あんな立派なサラブレッドが江戸時代のこの日本に居るわけがないじゃろー!!ただ、藩主に準ずるような上級の武士だけは別格だった、大型の駿馬を駆使することができたんじゃー』 『なーるほど!』 『つまり、街道は路面が滑らかで凸凹もすくなく手入れが行き届いていて、歩いたり走ったりし易かったということじゃ!』 『確か、当時の飛脚は一人で一日200キロも走ったというから、ホンマにご隠居の言うとおりでないと、そんなに走れるわけがない……ということはご隠居の想像力はなかなかのもの、かもってー!?〜ことになるかー』 |
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| 『どうじゃ、少しは分かってきたかな、だからアホなのはおまえの方じゃ!』 『ふ〜ん!ただで蔵に入り浸っていたわけじゃなかったんですねーさすがーご隠居だー』 『見損なうな!この弥次喜多野郎め!!』 『なあに!そういうご隠居も根っからのヤジ馬で、どこえでも見境なく滑ってゆキタがるじゃないのよーってんだ!どうだ!!』 『そー足をすくわれてはなー……まー東海道中いっちょ弥次喜多をやるか!!』 『その意気!!ご隠居、ま〜焦らずのんびり楽しく行きましょーや!』 『わかった!……オイ!!みんな俺についてこいっ!!……』 |
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![]() 江戸時代、源内が活躍していた浜町河岸一帯の光景はこんなだった、まさに緑したたる水郷地帯である。その美しさはいかばかりであったろう!!この光景を目の当たりにした外国人は、水の都ベニスを連想したそうだ。 そして……ベニスより美しい!!と異口同音に唸った (江戸時代図誌・江戸二.1976.筑摩書房刊から) |
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発掘現場までほぼ400キロの道のり、江戸飛脚なら特急便で2日の行程だが、カワハラご一行は体調に合わせながらのマイペース。1週間もあればよかろうと計画らしくもない計画を立てて、ともかく日本橋浜町河岸の自宅前に総勢18人、どうやらなんとかそろった。若いのから結構なお歳のお偉方まで、男も女もじつに多士済々。なかにはフランスやオランダからはるばると、ご隠居宅に居候の若者も混じって、という賑やかさだ。それにこの思い付きを知って駆けつけるであろう世界中のスケーターや、とんでもない野次馬がどれだけ増えるか予想もつかないのだ!! | |||||||||||||||
| さて、このメンバーを紹介しておくとしようか……江戸学のホープとして知られる美人のイマさん、この人はすっかりご隠居に気に入られている。その理由はといえば源内の熱心な研究者だからだが、色気もちょっくらーあるのかもしれない。ついでという訳ではないが、女性メンバーから。ハルさんは熟年のベテランスケーター、どっちかというと暴走気味のご隠居の監視役。アキさんはこれまたベテラン、もっぱら明るくムードメーカー。ユキさんは知的な人柄でご隠居の説得役。クウさんは食べることに関しては一切引き受けたと胸を叩く、心強いご隠居の味方。ナオさんは老人に優しいので、ご隠居は孫娘のようだと可愛がっている。 | ||||||||||||||||
| 断っておくが、シティーラン・ネットワークでは実名は必要ではない。全部ニックネームである、それも一人で気分によって幾つも使い分けるのが2050年では普通だから、遊び好きの男性の場合じつにユニークな名前が沢山登場と相成るのだ!と言うわけで、そのときになって驚かないように、少々ご披露を申し上げておきたい。たとえば、サトリマダダさんは高名な素粒子物理学者だし、大家裏住さんは若い学生で下宿先が大家さんが住んでいる家だ。タケツエスガルさんは竹細工の伝統芸で生計を立てている面白い人。カボチャモトナリさんは自然農法で活躍するエコロジストだ。ボルトワッシャーさんは新進の機械技術者でスピード狂の若者。ネボケマタカさんは忘れ物が多いがほのぼのとした人格者で塗装技術者。ホテルデランチさんは名前に似合わず漆工芸の職人さん。若いのになぜかマガオジー=真顔爺と名乗るはインラインスケートのプロ。 | ||||||||||||||||
| さーどんな旅になるやら? では、この続きはまたお会いした機会に…… |
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