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<大好きなものたち・4>

〜ミレニアム奈良1〜

 

1 めざせ忍阪!

 

二十代の頃、結構貧乏旅行するくせに、毎回「旅だぜっ」と緊張・興奮してしまうのが情けなくって、もっとスマートに気負わず、日常の延長としてさりげなく旅に出たい・・・なんて格好いいことを考えたものです。
古来よりの漂泊のお歴々にならって旅をこそ住処としようと試みたりして(笑)。
今、三十代後半の零歳児もちの専業主婦という、一人旅には出にくい立場となっても突然ヘラリと奈良まで出かけられるのは、その頃の訓練(笑)のお陰かもしれません。
んがしかし、あまりに緊張感に欠けるのが難点で、あらまあ、忘れ物が多いこと・・・新幹線に乗ってから4つも気づきましたよ、まったく(^^;。
ま、日帰りだからいいか(笑)。
(それに一昨年、起きるのを忘れたのよりはマシだ(爆))。

さて、ママチャリでもより駅に着いたのが朝の5時半。
みどりの窓口開店にあわせて「奈良大和路フリー切符」を購入。
この手の切符はそんなに出ないのか、たいてい係員が機械操作にあたふたする(笑)。
ついでに帰りののぞみの指定券も購入。
一昔前なら「帰りは帰りの風が吹く」でよかったのだが、子供がいるとそうも言っていられない。
(どうでもよいことだが、切符の地模様の「JR」の文字がキラキラ光る綺麗なものになってるのに気づいて感動(=^^=)、思えば二年ぶりの長距離移動だ)

東京駅に出るにはまず上野へ出なければならないが、ホームに降りたら丁度急行能登が入ってきたので、ついすいこまれる(笑)。
しばし夜行列車の旅人のはしくれとなる。
ここでも車掌さんに急行料金を払ってしまい、そんなこと絶対しなかった学生時代との差に微苦笑したりして(コラ)。
530円くらいで少しでも後ろめたい思いをするのは億劫になってしまったのだ、年をとったこと!・・・けど、も少しして充分おばさん度が熟せば今度は払わなくても何も感じなくなるかも・・・(^▽^;。

乗り継いで東京駅へ。まずは朝食の物色。サンドイッチとコーヒーをゲットして発車前には食べ尽くしてしまった(笑)。
家では旦那にあわせて毎朝和食なのだが、一人旅の時だけは子供時分からのパン食になるからおかしなもの。
とりあえず、あとは京都までおやすみなさい(−。−)。

京都駅に到着すると、本日最大の難関「新幹線−近鉄特急を5分で乗り換える」が待っている。
手には新幹線特急券を握りしめ、ポケットには近鉄特急券、ドア前に陣取り、開扉と同時に猛ダッシュ!
フリー切符のためには目指せ有人改札っ!そこでモタモタしてるでかい荷物を抱えたおっさんのお尻を「どいてくれ〜!」とぶっ飛ばし、近鉄改札では大挙してなだれ込むおばさんの列に「はい、ちょっとごめんよ」と割り込み、はあ、なんとか間に合った(^^;。
どう見ても刑事に追われる犯人か食い逃げする丁稚に見えたことだろう(笑)、皆様ご迷惑おかけしましたm(_ _)m。

さて、無事近鉄特急に乗り込み、ここまで来ればひと安心、大和八木までゆったり景色を見ながらもう一眠り・・・と思ったのだが、(進行方向右側に座ったので)垂仁天皇陵、郡山の金魚畑(笑)、そして二上山が遠望されると、なんだかだんだんドキドキしてくる。
耳成山なんか見えちゃった時には心臓がバクバク状態、まるで遠距離恋愛の恋人に会いに行く気分だな(^^;、どこがスマートなんだか(笑)。

八木で近鉄大阪線に乗り換えて桜井の駅に降りたのは、10時を少しまわった頃。北関東からやって来たにしては上出来か。
何はさておきタクシーをつかまえ、最初にして今回最大の目的地、忍阪(おっさか)の石位寺(いしいでら)へ向かう。
車中から外を窺うと、小雨に煙る桜井の市街はシャボン玉に映ったようにくるくるまわって見える・・・と言うのも結構ごちゃごちゃした道を行ったからにすぎないのだが、方向音痴では人後に落ちない私、前方に見えてきた三角錐の美しい山をてっきり三輪山だと思ってしまった・・・実は鏡女王墓(笑)。
鏡女王は額田王のお姉さんと言われているが、実際は舒明天皇の皇女か皇妹らしい。
最初天智天皇の奥さんで、後に払い下げられて(笑)中臣(藤原)鎌足と再婚したと、なかなかスキャンダラスな伝えを持つけれど、これも真実はどうだったのやら・・・今は緑濃い小山となって雨に濡れているだけ。

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2 石位寺の悲劇

 

石位寺へは15分ほどで着いた。
まず寺のカギを預かる方の家を探さなければ・・・このお寺は先のご住職が亡くなったあと、奥さんが管理なさっていたのだが、ご高齢のため体調が思わしくなく、先年来村の方がボランティアでカギ当番をなさっているのだそうだ。
今は4軒が一月交替で管理なさってるそうなので、訪ねる場合はまず桜井市役所の観光課に問い合わせて当番の方の連絡先を教えてもらったほうがよい。
(寺前の看板に書いてあるけれど、お留守の場合もあるとのことなので)
ちなみに拝観料は200円。

管理人の奥さんとともに小さな石段をあがると、本堂と言うよりは守衛さんの詰め所といった感じのこじんまりとしたお堂がちょこんと建っている。
声をかけられて裏へ廻るとこれまたちょこんとした収蔵庫。
ああ、でも、この中に10数年前見て以来再び会うことを夢見てきたあの仏さまが、あの我が国最古と言われる白鳳期の愛らしい三尊石仏さまがいるのね〜っ!・・・と感動モードに入ろうとしたのだが・・・ああ、とっても人の良い奥さん、わざわざ関東から朝一で訪ねて来た私をもてなそうとして下さったのか、様々な井戸端会議攻撃を仕掛けてくださる・・・あああ、有り難くて涙が(;;)。
どうして私は感動の再会もそこそこに、あろうことか仏さまに「お尻を向けて」マンションの家賃の話なんてのをしてなきゃいかんのだ?(^^;。
こういう時、すみません、ちょっとでいいから一人にしておいてもらえませんか?と言い出せない自分に自己嫌悪。
しかも奥さんは「タクシー待たせてるんでしょ?」と、まだ私が中にいるのに扉を閉め始めたではないか!や、やめて〜!(^^;、流石にもうちょっと、と頼んで居させてもらったものの、わずかばかりの延長に成功したにすぎなかった。

こんな感じでとてもじゃないが仏と対話とはいかなかった。
予想外のこの展開に非常に困惑したけれど、ふと思う。
三尊石仏さん、暇で仕方ないので世間話が聞きたかったのかもしれない(^^)。
それに、ボランティアのカギ当番というものは想像するだに面倒なもの。
その労に報いたいと思った石仏さんが、奥さんの愚痴聞き役として私を選んでくれたのかもしれない。
そんな風にのどかに思えるほど、この石仏さんは何もかも超越した果ての気負わぬ温かさを漂わせているのであった。
石位寺三尊仏については「とっておきの仏像たち」を見て下さい。

あ、誤解のないよう付け加えると、私もおばさんの端くれとして世間話は嫌いじゃないし(笑)、どこの馬の骨とも知れぬ私にお家のこと、ご主人のお仕事のこと(長く陵守りをなさっていたそうだ)、お子さんのことなど話して下さったのが嬉しく、もてなそうと思って下さるお気持ちが有り難かった。・・・ただちょっと違ってただけで(^^;。

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3 室生寺の攻防

 

石仏の写真を何枚か買って、待たせていたタクシーに乗り込んだのは11時すぎ。
少しだけ舒明天皇陵へ寄ってもらって桜井駅へ。
実は今回の日帰り奈良では、石位寺の他に正倉院展へは必ず行くつもりで、あとどこへ廻るかで悩んでいた。
どうしても行きたい所が二カ所・・・室生寺と唐招提寺。
桜井にいるのだから室生寺へまわるのが妥当と思うものの、唐招提寺にも是非行きたい・・・だが両方は無理だろう、正倉院展のことも考えて時間的には奈良方面へ向かう途中の唐招提寺が無難か・・・と二転三転の末、室生寺は諦めることにした・・・いや、していた(笑)、そう桜井駅で時刻表を見ていたら、八木行きと榛原行きが同時刻にあるのを発見、ふらふらふら〜と榛原行きのホームに上ってしまった・・・しかし室生口大野って、榛原より先じゃん(爆)、いいや、ここまで上ったんだから待っちゃえ!(笑)。

こんな無計画で室生口大野に降り立ったのだから、駅を出て我が目を疑ってしまった。
むか〜しの記憶で室生寺はとても賑わっていたので、観光シーズンの今、もより駅には当然タクシーの列だと思ったのだが、タクシーどころか人影もなく、バスも20分待ち・・・ここで唐招提寺は勿論、正倉院展も諦めた(^^;。
同じ電車から降りた10人ほどの観光客も口々に「タクシーがない」とつぶやきながら、早めにドアをあけてくれたバスに乗って発車時刻を待つはめに。
しかし私は諦めない。バス内で待ちながらタクシー乗り場をチェックしていると、丁度次の電車が着いて乗客が降りてきた頃空車が戻ってきたではないか!・・・もしかすると迎車か?と不安がよぎったけれど、とにかく誰よりも早くっ!と、バスから飛び出て傘もささずに突撃し、無事タクシーに乗れたのである(^^)。
聞けばこの日タクシーは四台稼働しているだけだったとか。ラッキー。

大野寺の磨崖仏には車内から「次に来た時にゆっくり拝ませて下さいね」とお詫びして、タクシーはビンビン飛ばして室生寺に。
そしたら境内は勿論、周囲も人ひと人・・・人が溢れていたので再びビックリ@@ ・・・ここはやはり団体バスで来る所で、電車とタクシーで来ようなんて思ったのが間違いだったのね(^^;。
雨に濡れた石段は風情たっぷりだったけれど、人に邪魔されて思うようにのぼれないので気ばかり焦る、なんと言ってもタクシーを待たせているのだからして(^^;、三十分二千円くらいかな〜と言われたのだからして!(笑)。

やっと上りきったか?とひと息いれた所に、思っていたより大きくて開かれた弥勒堂。興福寺の伝法院を移築した鎌倉時代の建築物だ。
何故か能舞台を思わせる堂内、中央には厨子内に小さめの弥勒菩薩立像が、そして向かって右側の一画に有名な釈迦如来座像が厨子から飛び出す絵本状態で安置されている。
こんな所にいたのかあ・・・なんだか、ようやく逢えたにしては潰れたカエルみたいな顔でうすら笑いしてるばかりだぞ(^^;、しかもこの小雨に濡れもせず乾いたお肌・・・当たり前のことなのにすごい違和感を感じた。

とりあえず金堂へまわる。
平安初期の建物に江戸時代にくっつけたという礼堂部分から中を拝見すると、横一列に五体の有名どころ、およびその足許に伝運慶作の十二神将・・・あれ10体しかないのは何故かな?まあいいや(^^;、それと、左右に暗くて何だかわからない大きな仏像が少なくとも三体立っている。
問題はこの五体の有名立像で、右からとりつくしまのない地蔵菩薩、何か言いたげで欲求不満そうな薬師如来、中央に写真で見ていたのとは大違いの影の薄いお父さんのような釈迦如来、その左にほとんど印象に残らなかった文殊菩薩、そして左端にここで最も会いたかった十一面観音・・・これが庶民には目もくれない良いところのお嬢さんのように媚びることを排除して立っている。

あれ、おかしい・・・とても会いたかったのに、それが今すぐそこに並んでいるというのに、私の目には五体が磔刑に処せられているようにしか見えない!(悲鳴)
釈迦座像といい、なぜこんなに冷たくなっちゃってるんだろう・・・確かに美しいのに。
そう感じた方、他にいませんか?
ひとつだけ思い当たる理由は、あのライト。
オレンジ色の、それでも最低限の明るさしかないライトだけれど、あの陰影のない明かりが像の命を消しているのではないだろうか・・・。
見やすいという点ではたしかにライトの当たっていない両サイドの仏像がまるっきり見えないのを考えても、明かりは必需品だとは思うし、あれでもたいていの人は暗すぎて見えにくいとぼやくだろう。
でも、私には余計なものでしかなかった。

ちなみに金堂の左右の格子戸から中を覗くと仏像たちの横顔が見え隠れするのだが、自分には手の届かない裕福な家庭の団らんをのぞき見している様で、ちょっとマッチ売りの少女の気分が味わえる(笑)。

そこから本堂へ。
如意輪観音は手足がすっと長くて美形に見えた。
ここの如意輪と弥勒堂の弥勒が、私には一番好ましく思えた・・・やはりライトなんかあたっていなかったせいじゃないだろうか。
そのかわりよく見えなかったわけだけど(^^;。

それから台風で大破したのを修復したばかりの五重塔へ。
小さくて可愛い〜っ!こぎれいで初々しいし(=^^=)。
ただ古色がまるでついてないので、修復前をよく知らないから喜べるのかなと思った。
周囲の杉はまだ倒れた跡が生々しく、上のほうには塔の修復のためにまる裸にされた哀れな木々が目立つ・・・それでも建物の歴史はこうして続いてきたんだなと思えば、杉には気の毒だけれどいずれ寺史の一節になるだろう出来事を前に深まる想いがある。

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4 室生寺奥の院

 

そしてここで戻ればよかったのだ、少なくともタクシー代2000円くらいはういたはずなのだ・・・あ違う、時間的に余裕が出来たはずなのだっ(笑)。
つい踏み出してしまった奥の院への道。しかも雨。
「こんなにキツイとは知らなかったあ〜っ!サギだサギ〜っ!ひとりくらい上から転がり落ちるおばさんとかいるんじゃないのかあ!」
(以上、その時の心の叫び(笑))

たっぷりしたお肉を萎えた筋肉でかろうじて支えている私には本当にしんどかった(^^;、時間的に焦っていたこともあるし。
けれど、立ち止まるたびに右に左に石の地蔵だの明王だのが待っていてくれるのが見える・・・登らなきゃ。
鎌倉の建長寺裏手の半僧坊を思い出す。あそこは天狗さんがおいでおいでしてくれるんだっけ。
でも天狗には悪いが格というものが段違いだ(笑)。
雨のため森厳さが際だつ石段をあえぎながら登りきると、そこは一面白い海。
霧というか、奥の院自体がすっぽりと雲の中に入ってしまったよう。
到達感も手伝ってか非常に神秘的で、心が何ものかに触れたような気がする。
破れ立木が観音に、杉の広枝が飛天に見えた。
「今日の」室生寺の中ではここが一番気に入った。
ただし頂上に石造の露盤がおかれた珍しい御影堂も、キラキラしい位牌の林立する位牌堂も、見た、というだけで早々に下山。
じっと佇んでいたら動けなくなると思ったから。

帰り道、タクシーの運転手さんに聞いたら、奥の院への道は険しいはずで、登り始めてすぐのところにある赤い小さな橋は「苦行の橋」と呼ばれていて、それより先は行場なのだそうだ。
ちなみにこの短時間で奥の院まで行ったと伝えると、運転手さんにはたいそう笑われた(笑)。

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