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<大好きなものたち・3>

〜奈良記2〜

 

3 ようやく正倉院展へ

〜11.18アップ〜

さて、翌日の朝、ようやくこの旅の第一目的、正倉院展へ行く時がきました。奈良そごうの近く、駅で言えば近鉄新大宮駅が最寄りのこのホテルから、7時50分発の送迎バスに乗り込み、通勤通学で忙しくなってきた街へと走り出します。ちなみに朝食は前日買っておいたパンを部屋で食しました。ここはミネラルウォーターが無料で、これを沸かすことができますので、カップコーヒーなど持ち込めば、充分優雅な(?)朝食となります(^▽^)。

バスは10分ほどで近鉄奈良駅に。荷物をコインロッカーにあずけて歩き出します。ここまでは例年といっしょ。いつもは登大路をまっすぐ歩きますが、今日は噴水浴びてる行基像で右折して東向き通りに入ります。目的はマスク。体調不良の時の人混みには欠かせない代物ですから(笑)。コンビニにならあると思っての右折でしたが、あいにく品切れとのこと。このあたりには他に知ってるコンビニはありません。余所へ廻るのは面倒なのであっさり諦めて、そのまま猿沢池へ。

ここらへんはいつかゆっくり廻りたいといつもいつも思うのですが、今日もまたくるりと背を向けて、興福寺の南円堂へと続く石段を登ります。あわよくばの期待も空しく、聞いていた通り特別公開は終わっていました。ちょっとばかりお坊さんに食らいついてみましたが、さすがに興福寺では「ほんじゃあ、せっかく来たから中に入れてやろうかの」という訳には参りません(笑)、昔はこの手でいろいろ入れてもらったものだが・・・ああ、お若い方、若さは使える時に充分使って下さいね(^▽^)。
ちなみに南円堂の開扉は、このあとは毎年10月17日ただ一日だけになるそうです。今年は南円堂修復の記念で特別に長く開いていたのです。

ここでちょっと驚いたのは、南円堂と五重の塔の間、鹿さんが遊んでいた場所が発掘調査中だったこと。どうやら中門や回廊の調査をしている様子・・・覗いてみましたけれど、素人にわかるような遺構は見えなかったです、復元でも計画されているのでしょうか(^^;。

塔と東金堂の前を通って国宝館へ。ここでちょっと開館前のお掃除をしてらっしゃるおばさまに質問(=^^=)。
「あのー、今日は八部衆の中の五部浄さんは出てますか?」
・・・帰りのコースを決めるのに、ここに寄るかどうかは大問題なのですわ!なにしろ「国宝館」と銘打って恥じないですむのは、全国でもここだけでは?と思うほどいいものがてんこ盛り!毎年どうしても足をむけてしまいますが、ここに入ると長ーいこと出て来れなくなりますもの(笑)。で、今年はとっておきの仏像筆頭、超大好きな五部浄が出ていれば寄る、そうでなければ斑鳩へ直行、と決めていたのです。おばさまの答えは、
「今日は出てないねー」
なんとなくホッとしたような、残念なような・・・それが私の表情に出ていたのか、おばさんは続けてこの一言。
「あれは可愛いもんねー」
ああ(=^^=)、そーーーなんです!可愛いんですぅぅぅ!なんだかすごく嬉しくなって、浮かれるように信号など無視しながら奈良博へ向かいました。

今年から新館・・・東館が本格オープンした奈良博。正倉院展はこの新しい会場で行われます。去年までと並んでいる場所は一緒でも、並ぶ先が違っていました、チケット売場の場所が変わっていたのですね。
8時半すぎに着きましたが、この時点で既に券売機前には30メートルくらいの人の列。人数にしたら100人以上、200人近かったのではないでしょうか?この時間にいらっしゃるのは、基本的にみなさん熱心な正倉院展ファン、ちょっとお洒落でハイソなデートを楽しむカップル、とか、ちょっと教養をひけらかしちゃおっかな、なんてティータイムの延長で来るおばさまたちは、あまりいません。それもこの時間の特典の一つですが、なんと言っても私は東博の友の会会員証で入れるのです、並ばなくても開館と同時にダッシュして一番前でガラスケースにはりつけるのです!も、余裕のよっちゃんで、入口前の池の鯉なんか眺めてました(笑)。

と・こ・ろ・が!突然近づく警備員さんみたいな恰好の係のお兄さん。
「招待券かなにかお持ちですか?」
と聞くではないか。ちょっと得意になって、
「これで入れますよね?」
と会員証を示す私・・・すると、なんと!
「あ、一般の方ですね。いちおう列に並んで下さい」
ですって!があああああん!(;;)、そうかい、パンピーは並べってかい、同じように池の前でひなたぼっこしながら待ってるおじさまたちは、ご招待客だから私とは身分が違うってかい!(;;)。だったら早く言ってくれーーーっ!その時には列は倍に伸びてるじゃないかっ!ぐすっ(;;)。

でも、これで負ける私じゃないもんね、何のために一泊で来て朝一狙うか、その執念を見せてやるっ!

・・・と言うことで、ジャスト9時、券売所が開いて列がぴくりと動いた途端に猛ダッシュかけました(^^;。50メートル走ですね(笑)、悠々入る招待客を押しのけて、5番目くらいには入れたのでは?・・・毎年朝一の正倉院展で、迷惑省みず走り込むのは私と思って間違いないでしょう(爆)。

正倉院展の感想はこちらからどうぞ。

さて、なめるように宝物を・・・ここでは展示品という呼称より、明らかに宝物という名が似合います・・・眺め終わると、最後の別室に薬師寺の「講堂の」薬師如来三尊像が来ているではありませんか。・・・有名な国宝の薬師三尊は「金堂」のもの。ここに来ているのは、近年修理相成った講堂のものです。これの月光菩薩(薬師如来の脇侍、向かって左)が、面部を大修理したと聞いて、是非見たかったものです。こんな所で逢えるなんて・・・(=^^=)、しかし、やはり仏像はお寺にあってこそ。・・・なにか動物園でさらしものにされている剥製のような、可哀想な感じでした。その変わり、暗い堂内ではよく見えないような細部、左右、時には後ろまで、結構明るい光の下で観察できるので、対話ではなく勉強にはよいことでしょう。
ちなみにどうしてこれがこんな所に?・・・たぶん、ですが、ただ今薬師寺は講堂を再建中で、居場所を追われた三尊さん、修復記念も兼ねてここに置かれているのでは?・・・違いますかね(^^;

東館が新設されて広くなった奈良博、これまでは正倉院展の時期は本館を閉めざるを得なかったのが、今年から同時に開館するようになっていました。これはラッキー、実はほとんど正倉院展の時期にしか奈良へは来れませんでしたので、本館へは入ったことがなかったのです。いつも東博の会報の奈良博紹介コーナーで、仏像関係の面白そうな展示をやってていいなあと指をくわえて眺めているだけでした。

地下のお土産物ショップとちょっとした喫茶スペースを通って、地下道を使って本館へと移動します。ここの廊下の左右の展示がとても面白いです!仏像の印・・手の指の形ですね、これについてのレプリカを使っての展示なのですが、すごくわかりやすくて面白かったですよ。一見壁から手首の先だけが並んでにょいにょい出ている、という感じで可笑しいですが、見比べられますからね、勉強にはうってつけです。他に像の作り方・・・木彫の一木造りの背刳りの入れ方とか、寄せ木造りの木の接ぎ方などが、小さい模造で展示されていました。これが実在の仏像のミニチュアの、しかも本物の木彫なんです、石膏とかプラスチックのまがい物ではなく。これには嬉しくなりました、なんとなくですが(=^^=)。実際のノミ跡が人の手を感じさせて、仏像ってこうやって造るのね〜と、実感させてくれます。時間さえあればゆっくり見たかった・・・でも、今日の私にはこれから斑鳩へ行くという目的がっ!

そこで急いで本館へ。ををを!なんと!元興寺の薬師如来さんか来ているよ!さすが奈良博だあ(=^^=)。これは平安初期に造られた、肉厚な体を持つ立像の薬師さん。木彫だけれど、たっぷりと豊かにまとった衣があったかそうな、印象的な像です。特に顔の表情が不思議。目も口も鼻も、パーツが全部中心に寄って顔をしかめて、「嫌がってる」ように見えます。しかしこの表情はねぇ、薬師という職業上(笑)、みな人の痛みを一身に引き受けて、代わりに耐えているお顔だと思うの。露骨に痛い顔も出来ないから、仕方なくこんに不思議な表情になったのだと思う。
本来は猿沢池の南、元興寺に安置されています。

奈良博で他に印象に残ったのは、単体ではありませんが、新館側入口から入った時、元興寺薬師如来の向かって右側の部屋の左壁のケースにならぶ、ほぼ等身大の観音像たち。こう並べられると等身大の人型って、怖いほどの迫力があります(^^;。すみません、展示の目的や来歴、どこのもかなど、一切メモしてこなかったので〜(^^;。
同じく詳しいことはわかりませんが、ちょうど入った扉の反対側の出口付近に並ぶ、小金銅仏たち。こちらも何も詳しいことは書けませんが、好きなんです(=^^=)、小金銅仏!

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4 何故か興福寺巡りへ

〜12.3アップ〜

さあ、目的も果たしたし、いざ!斑鳩へ!・・・のつもりだった私ですが、ついついついつい興福寺の、まずは東金堂に入ってしまいました(^^;。この後、特別開扉中の仮金堂、北円堂へと、何か吸い込まれるように入って行くことに・・・(笑)。斑鳩行ってから大坂の友達の所も寄るんだよーー、大丈夫か?・・・ちなみにこの時、奈良博を最速で回ったがため、時はまだ11時前でした。

さーて、ふらり〜んと入ってしまった東金堂、ここは何度か入ったことがありますが、いつも国宝館のあとだったためか印象があまりなかった。やはり今年ふらふらと呼び込まれたのは、たまにはちゃんと見て行けという天のお達しででもあったのでしょうか、すごくいいではありませんか!@@ いつも如何にいい加減に見てまわってるか、バレてしまいますね(^^;。

もっとも印象的だったのは文殊菩薩座像。有名なこの像を、初めてちゃんと見た気がします。まるで赤子の様な顔、水平に投げられた無垢のその視線は、地球の丸さを離れてどこまでもまっすぐに続くようでした。あでやかに楽しげな相貌が印象的。

それから、国宝館にある山田寺仏頭と呼ばれる頭だけの曰く付き仏像の、元両脇侍だったと見られる日光・月光菩薩立像。これはなんとなくぼけた印象のお二人なのですが(笑)、日光仏の右手を見て下さい。時の狭間に四指を突き刺しているのがわかるでしょう。こんな突然の発見が、仏像との出会いの楽しい所です。

と言うわけで、しばしその場を動けなくなって、背に入口からの光を受けながら、奥行きの狭い堂内でぽかんと口を開けて佇んでしまいました。それでも引きちぎられるようになんとか外へ出て、こんどはゆらゆらゆら〜と向かって右奥、人気もあまりない仮金堂へ向かう私。ほとんど夢遊病状態(笑)。

仮金堂とは、手前の中金堂の本格的修復がすむまでの、仮の金堂という意味だそうで、本来講堂のあった位置に建てられています(説明板によれば薬師寺の金堂を移築したものだとか・・・)。春秋の特別開扉以外は閉じられているそうで、ここに入ったのは初めて。安置されている本尊釈迦如来座像が江戸時代のもので、両の脇侍が鎌倉時代のもの、つまり私にとっては新しいものだというのが、今まで入ってみようと思わせなかった理由です。が、ここでもまた嬉しい裏切りにあいました(笑)。この両脇侍がとても気に入ってしまったのです(=^^=)。

まずはずいぶんガランとした広い堂内で、でかい三尊だけが異様に手持ちぶさたに立っている、という印象を受けます。が、実は四天王がいるんですね(笑)、鎌倉時代のもの。でも、何故か全然印象がないです。
まっすぐに中尊釈迦如来の前に立つと、両脇侍はちょうど内陣の柱の影に隠れて見えなくなります。そこで一歩二歩と後ろに下がり、柱をはさんで三尊が等分に見える位置を探して下さい、両脇侍からの視線ばかりが痛いまでに感じられてきます。
この脇侍は、釈迦の通例の脇侍である普賢・文殊ではなく、薬王・薬上の兄弟菩薩です。同じ例が法隆寺の金堂本尊にあるように、古い形らしいです。しかも、1202年にある女性の菩提を弔うために造られたものであることが判っています。1202年と言えば、鎌倉時代と言われる時代が始まって10年後。そんな時代にどんな女性がどんな理由で亡くなって、残された誰がこんな巨大な像を造ったのでしょうか、どれほどの想いを込めて・・・。巨大でありながら、妙に物腰優しげで、生々しい視線と相俟った独特の魅力がありました。

さーて、ここまで来たら、北円堂に寄らないわけにはいきません(笑)。さすが有名どころ、仮金堂よりは人が集まっていましたが、それでも境内に見えるうんざりするほどの人波とはうって変わった静けさをたたえています。ここは三度め。開け放たれた蔀戸からの風と光が非常に心地よい空間です。その真ん中に弥勒如来が端座し、両奥に無著と世親が控えめに、でもこの空間を守護する様に立っています。明るい静謐さと緊張感に満ちた世界・・・あららん、それだけではいつもと同じ感想だなあ、なーんか発見ないかしらん?と、ふときょろきょろしてみると、見つけてしまいましたんですね〜、中尊弥勒座像の横にまわって下さい。光背と本体との間のわずかな隙間を覗いてみたら・・・な〜んと可愛らしいお尻でしょう!(^▽^)。羽二重餅のようにやわらかいのにふくらみの少ない、まさに幼児のお尻じゃないですか! いったい何を考えて、弥勒のお尻をこんなに可愛く彫ったのかしら(=^^=)、光背に隠れて見えないと想ったのでしょうか? そもそも本来の仏像は近寄ってじろじろ見るものではないですしね、見ることを許されたのも、きっと施主やその周囲の高貴なお方たちばかりで、お尻なんぞ見たりしなかったのでしょうし(笑)。

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5 やっと斑鳩へ

〜12.8アップ〜

さあ、やっと斑鳩への道!近鉄奈良駅へ戻ってバスに乗れば、一時間ほどで法隆寺です・・・のに、ここでもちょっと道草しちゃいました(^^;。そう、北円堂を出たあたりは、昔からノラ(?)猫の領地。可愛いねこちゃんだちが、今日もそこここにいるではないですか。これはほっておけません(笑)、あっちに二匹、こっちに三匹とかたまってエサなんか食べてる猫ちゃんたちを、ついつい眺めて一時過ごしてしまいました(^^;。
ここの猫たちはみな精悍な顔つきだと思うのですがどうでしょう。たくさんいるということは、本来団体行動をしないはずの猫にとって決して住み易い場所ではなく、エサやなわばり争いで自然顔つきも険しくなるのでしょうか。それとも単に血筋の問題でしょうか?うちに来るノラ猫のにょん助みたいにでぶでぶしたのは一匹も見かけませんでした。

これでとりあえず今年の奈良公園に思い残すことはなくなりました。・・いえ、居てもいいのならあと何日だっていたいのですが(笑)、先を急ぐ身、いざ、斑鳩へ。一時間のバス旅は結構長く感じましたが、途中西の京の気配など遠望し、郡山城址を横目で見ていたら、居眠る間もなく着いてしまいました。

約一時間・・・を、猛スピードでまわる場合の所要時間と算定して、大坂の友達の所へまわるのに3時すぎのバスで王寺へ向かえばいいやと目論んでいた私。・・・すでにお気づきの様に、これはとても甘い考えでした(^^;。法隆寺は広いです。見るべきものが多すぎます。おまけに中宮寺も寄りたいのです、勿論どれもいい加減には見たくない・・・。いきおい移動を急ぐしかありません。バス停から南大門までの道のりの遠く感じたこと(^^;、小走りで急ぐ私を、タクシーがふんふん♪と追い抜くのが情けなかったですね、よし、帰りはそんならタクシー使って王寺へ出よう!(=^^=)

南大門を抜けると、いつも「斑鳩の白い道」というフレーズを思い出します。足元から白く浮き上がるような不可思議な力を感じます。どんなに急いでいても、それだけは今年も感じました。その道の上を、みなうろうろと西院伽藍、いわゆる観光コースを目指して動いています。たった一組、多分大学の研究会とかサークルといった感じの男の子2,3人だけが、西円堂のある方向へ向かうのが見えました。ああ、いいな(=^^=)。あの領域は人気も少なく、少し高台になっている西円堂わきの鐘楼での鐘撞きを、のんびり眺めさせてもらえるいい場所なんです。ついて行きたいのをじっと我慢して、今日は西院伽藍へ直行。

まず五重塔へ寄ります。四面から有名な奈良時代の塔本塑像と呼ばれる塑像群がのぞけます。文殊と維摩の問答図や、教科書にも出ていた、おんおん泣く群像に囲まれた釈迦涅槃図があるあれです(^^)。・・・これ、東西南北各面から一場面ずつしか見えませんが、中でどうなっているのでしょう・・・上のほうを見ると、ミツバチの巣みたいに大きく盛り上がっていて四面は一つの岩に刻まれている様にも見えます・・・つまりまずでかい岩に各面を刻み、その上に塔を建てたという感じです。実際はどうなのかしら・・・。

次に金堂です。暗い。中はよく見えません。そして、何故に金網(^^;。以前はハトよけだと聞いてましたが、外の戸を閉めてありますからもう関係ないような・・・。でも、この金網に両手をからめ鼻を突き出さんばかりにへばりついて長居していたのは私です。
とても面白いことに、あとから来る全員が、
「暗いっ! これじゃ見えないじゃない! どうして電気つけないのかしら」
と言うなりすぐに立ち去るんですね(笑)。心の中で、
「早いっ! それじゃ見えないじゃない! どうしてこうやってじっと見入って、仏が出てくるのを待たないのかしら」
と言い返していたのも私です(笑)。

そう、じっとじっと見ていて下さい、目が慣れる、と言うよりは、だんだん仏が形になってくるのです。するとこの世とはまるっきり別の世界で、華奢な飛鳥仏たちが高い位置に鎮座しているのが見えるはずなんです、静かに。
中央が聖徳太子のために造られたという金銅釈迦三尊像。中尊はアルカイックスマイルの細面の釈迦座像。両脇侍は興福寺の仮金堂と同じ薬王薬上菩薩。右手に小さな宝珠を握っています。
向かって右が太子が父のために造ったと言われる薬師如来像。左は時代の下る阿弥陀像。他に吉祥天像や毘沙門天像などがおとなしくまっすぐ立っています。四隅には、リュックサックでも背負うみたいに窮屈そうに直立した、風貌も特異な四天王像。そして壁面には、再現ものですが、元極彩色の壁画たち・・・。

ここはなんという空間でしょう、呼びかけても誰も何も応えてくれない。いつ行ってもそんな感じがつきまとって仕方ありません。
「何か言って下さい。何か話して下さい。一言、声を聞かせて下さい」
泣きたいほどに、はりついた金網越しに念じていて、今年初めて知りました。
―――この仏たち、今を生きてるわけではないのだ。あれからずっと、飛鳥の時を生きてるのだ。だから私の時とは交わらない、声も聞こえないはずだ、私の声すらまだ存在していなかったのだから―――
本当は堂内の配置も当然何度も変わっていますし、古代の雰囲気もどれだけ残っているのかわかりはしませんが、感じるのは純粋な古代。消えた「時」がここに形となって在るような、そんな気がしました。

ちなみに堂内の壁画は戦後失火で焼損したことで有名です。ですから現在堂内にあるのはすべてパネルになった模写。唯一焼損を免れた飛天の小壁画も、実物は収蔵庫などにしまわれているそうです。数年前、収蔵庫に入る企画に当選し、実物を見たことがあります。壮絶な迫力でした。真っ黒に炭化した柱や壁、その中からぼんやりと、輪郭だけになった白抜きの仏画が見える・・・。それは失火によるまことに残念な文化財の損失、などではなく、極彩色のきらびやかな装飾を自ら焼き滅し、ただ厳格なる「線」と化した、仏の自覚的変化(へんげ)以外の何ものでもありませんでした。機会があれば是非見て下さい、ものすごくおすすめです。毎年の寺主催の夏期講座で見学できるそうです。

さて、そんな感慨にふける間も惜しみ、今年秋落慶したばかりの百済観音堂へ急ぎます。一応講堂へ寄ってから(笑)コース通り東の出口へ。小走りに移動すると、エンタシスの回廊はカラカラと音を立てるように美しく目に映るのですよ(^^)。

綱封蔵の脇を通ってちょうど食堂の裏手に、新設の百済観音堂はありました。全体の印象はこじんまりとしていて、新しいのにケバくもなく、なかなかいい感じ。観音堂と言っても中は展示室になっていて、回廊向かって左から入ると、すぐ右に六観音がヌボボと立ち並び、左には九面観音が爽やかに、正面には夢違観音がいらっしゃいポーズ・・・ああ、なんとインパクトのあるお出迎え!(=^^=)。
夢違の後にはぽってりした弥勒座像、これは手が美しいです!しなやかに撓んでいます!ひゃあ@@ 初めて気づきました。正面一番奥には玉虫厨子、突き当たりには善光寺如来御書箱!あの赤色が美しい蜀江錦のやつですね! 勿論他にもありましたが、とにかく豪華絢爛のお宝がきらきらと並んでいます(^^)。

主役の百済観音は、回廊中央の、天上の綺麗な小さな部屋にいます、でっかいガラスケースの中です。室内の柱などの丹塗りがおさえた色調なので新設のイヤらしい感じがせず、好感がもてました。百済観音・・・むむ、白状すると、これは何度も何度も見てますが、いつもガラスケースの中の展示品。厨子の中で仏像として拝むことがかないません。今回の観音堂新設でちょっと期待していましたが、これで多分、私が生きている間に見せ物でなく人が額ずく対象として祀られたこの方の姿を見ることは、決してできないでしょう。・・・せめて金堂にちょっとだけでも置いてもらえないかな・・・。

あ、このお堂の最大の欠点は、百済観音をちょうど良い場所から見ようと少しでも後へ下がると、床の非常口案内灯が緑に光るのががんがん目に入ってしまい、まるっきり集中できなくなってしまうことです。自分のバックを置くなどして、あの光を見えなくすることをおすすめします。
でも、全体的には、薬師寺の西塔が出来た時のよーなすごい違和感もなく、よい感じでしたよ(^^)。

さて、出口へ向かう回廊のもう一端にも、橘夫人念持仏、七星剣他お宝はざくざくです。でも、すっ飛ばしちゃうもんね!まだ東院と中宮寺が待ってるもんね!(笑)。

もとの大宝蔵殿はなにやら工事中でした。休憩所になるとか聞いたような見たような・・・違ったかしら(^^;。ここ、薄暗くて不衛生な感じで(爆)、お宝たちもカビが生えたように生気なく眠っていたものです。でも、誰だったかここが出来た当初の感想で、ケバケバと明るすぎてよろしくないと書いてらしたのを見たことがあります。なんだか楽しくなりました(^^)、こうやって人の作ったものは時代を泳いでいくのですね(^^)。また50年、100年後に、今年出来た百済観音堂を、古くて汚くて観音様が可哀想、なーんて書く人が、きっと出てくるのですよ。ふふ。

はい、東院までやってきました。秋は夢殿の開扉期間。どう見ても鼻から生臭い息を出してるようにしか見えない、仏像の中でももっとも人間臭い、いきなりあぐらかいて酒飲んで魚肉を手づかみで喰らいそうな(ひでぇ)、あの救世観音です(^^)。どーーにもこれは不可思議な相貌ですよね、信仰に適する所が皆無。人間の邪悪や醜い欲望が金色の肉体を持ったような、なんかそこまで言う?私(^^;、と、自分でも呆れるほど、すごく妙な気持ちになるのですよ、この仏像見ると。いずれその正体を知りたいと願いつつ、ははは、いつもいつもここまで来る頃には疲れはてていて、実はちゃんと集中して見ることが出来ない有様なんです(^^;。朝から法隆寺だけを見に来なくてはだめですね、これは(^^;。で、今年もまた変な印象のまま去ります。

さて、夢殿の裏、という感じの所に中宮寺。ここは本当に、40年代ころの良い時代の昭和を感じます。手入れがされてるのかされてないのか判らないような境内、よどんでいるのに汚いというほどではない池、その上に飾り気のない一目瞭然コンクリートの本堂。中は畳敷きで、静まった奥の間に有名な微笑む少女、弥勒菩薩半跏思惟像があやふやな位置に置かれています。なんでこれが昭和???うーーん、もしかしたら、戦争の傷の記憶が薄れ、高度経済成長期以降の浮き足だった大騒ぎの始まる前、ほっと一息ついた時代の様相が、このお寺の姿に刻印されているからなのかも知れません。新堂は昭和43年の落慶だそうですし。

ここの観音像はとっておきの仏像に書きたいのです。でも、まだもう少し書けないです。まだ声が聞こえないので。理由は救世観音の所で書いたのと同じで、ここまで来ると疲れはててよく見えないのです。
ただ、この仏像も写真写りと実物の違いに驚きます。ちっとも清純な少女じゃないですよ、すごく力強いです。写真では、守ってあげたくなる様な可憐なまぶたやまどろむ様に微笑む口元が有名ですが、実際対峙してみると、かなーり頑固、有無を言わせぬ力を感じます。しかも平たく伸びきった胸部の色っぽいこと(=^^=)。やっぱり朝から斑鳩めぐりをしなくちゃダメですね(^^;。

ちなみにここまで見終わったら既に三時すぎ・・・をや?予定のバスの時間なんかとっくに過ぎてるよ?(^^; そんじゃあ南大門からタクシーに・・・と、あれれ?さっきはたくさん客待ちしてたのに、一台もいないよ?(^^;(^^;(^^;・・・でもちゃんと千里中央の友人に会いに行って、その日の内に北関東まで戻りましたからね、棒と化した足をひきずるのがどんなに大変だったか、私と同年配の運動不足の方にはきっとわかって頂けるはず(笑)。

こうして奈良我が儘勝手な二日旅は終わりました。毎年たいてい同じように無茶します。少ない時間でその年一番行きたい所をまわるから。おかしなことに毎年毎年呼ばれるように無性に行きたいお寺が現れます、しかも順番待ちでもしているように、順繰りに(笑)。来年はどこへ行きたくなっているでしょうか。どーーも佐保・佐紀路のお寺たちが呼んでくれるような気がします・・・するとまた斑鳩が夕方になっちゃうか(^^;。
ゆっくり滞在してじっくりまわりたいとも勿論願いますが、こんな風に背水の陣で白目剥いてまわるのも、実は好きです(笑)。遠距離恋愛の恋人たちが逢える時間に精一杯の心を交わすように、私も限られた時間で必死の逢瀬を試みるわけです(^▽^)。

書くのにも一ヶ月もかかっちゃって間延びして(^^;すみません。ここまで読んで下さった方、ありがとうございましたm(_ _)m(いるのかなー、そんな方(笑))

おしまい

  

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