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<大好きなものたち・3>

〜奈良記1〜

 

1 まずは蟹満寺へ

〜11.10アップ〜

突然奈良へ行くことにした11月5日の朝。めざましは4時にかけておいたのに、どーして?(^^;、起きたら新幹線の発車20分前じゃ〜ん!\(@▽@)/とにかく服だけ着てママチャリで駅へ飛んだのだけど、乗車変更が効く時間には間に合わず終い・・・ああ、私の「のぞみ」の指定券が、ただのひかりの自由席券に・・・(;;)まったく緊張感が足らんね(^^;。新幹線で顔洗って化粧したの、久しぶりでしたー(笑)(注・この新幹線とは、勿論東京駅へ向かう「あさま」か何かのことです)

〜11.11アップ〜

さて、無事後発の新幹線に乗り込み座席も確保、いそいそとカフェテリアへ直行して朝食用弁当と、非常食用Meij○のアーモンドチョコをゲット。これが一人旅の大切なポイントなんですね(=^^=)、昼飯の時間なんざ考えてないので、どこでお腹がすくか解りません。お腹がすいた時の集中力のなさは絶望的なもので、以前、ずっと憧れていた奥州の中尊寺へ行ったとき、空きっ腹であったばっかりに何も目に入らず、記憶も欠如、すごく悔しい思いをしたのです(T◇T)。以来懲りて何でも口に出来るものを常備することに。チョコとナッツ類は山登りの携帯食にもうってつけなんですよ。

ところで、今日最初の目的地は「蟹満寺」。京都駅からはJRの奈良線に乗り換え、棚倉という駅から歩きます。とりあえず新幹線を降りて在来線へ移動すると奈良線は一番手前、小さなホームには人もなく、でも列車だけは止まっていました。寝坊のせいで既に10時40分・・・鈍行で一時間弱ですから、現地に着くのは・・・ああ、情けない(^^;。・・・などと思いながら動き出した車窓を眺めていると、ものすごく不思議な感覚に捕らわれました。

哀しいのです。しかも強烈に。そしてそれが計り知れない懐かしさに包まれた、愛しいほどの哀しさなのです。何?この感覚・・・。風に揺れる草の葉にまで懐かしい切なさが・・・この列車に乗ったのは十数年前の一度だけ・・でも、これは30年以上前、自分が子供のころの空気の色、風の香りでは?・・・揺れる列車に身をゆだねていると、時々不思議な体験をするものです。特に長い歴史を記憶に留めたこんな場所では・・・。

さて、棚倉駅に着いたらトイレに行って駅員さんに道を聞いて・・・と段取りしていたのですが、なーんとそこは無人駅(^^;。トイレも工事現場にある様な簡易式のが線路際に置いてあるだけ・・・ああ、蟹満寺を目指す、特に女性のみなさま、トイレだけは京都か奈良の駅で済ませておきましょうねー(^^;

とりあえず地図を持ってない・・・というか、方向音痴のため地図は扱えない(爆)私、駅前の店先でたこ焼き(?)焼いてるおじさまに、蟹満寺までの道を聞きました。
「蟹満寺?遠いよー、いいの? 俺もこのあたりに住んでるわけじゃないけどね、ものすごく遠いよ」
と言いながら詳しく教えて下さいました。
いざ!行かん!・・・の私の背中に、おじさんの申し訳なさそうな一言、
「国宝だけどたいしたことないよー。へへ」
・・・あ、一気に力が抜けた(^^;。

実はこの時、私はおじさんの「俺もこのあたりに住んでるわけじゃない」という一言に注意するべきだったのですよねー。そう、おじさんは車での道順しかご存知無かったみたいなのです(^^;、いくら私でも目的地が線路の右か左かくらいはわかるのですが(笑)、教えられた道はどんどん線路の逆へ、大きな車道へと向かうではないか。あー、まずい。もう一度道ばたでひなたぼっこしていたお姉さんに聞いたら、案の定「え?」と驚かれ、遙か彼方の山際の道を教えてくれました「・・・を突き当たってからずーーーーっと左に行くとあるはずです」・・・なんか遠そう(^^;。ちょうどコの字型に遠回りしたことになるみたい。ま、それもまた一興(笑)。

で、その突き当たりまで来ると小さな立て札で「蟹満寺↑」の標識が出ていました。駅から要所に立ててあったようですね。それに沿って歩くと、まあ、狭い狭い、ここは本当に道?人様の家と家の隙間をぬって進みます。自転車だって通れないのでは? ははあ、こりゃー土地の人じゃないと知らないかもねー・・・ちらりとたこ焼き屋のおじさんを思い出します(笑)。そんな時、ふと目に入ったのは、道でとぐろを巻いたままぺたんこにおなりの蛇さん!@@ うお!びっくり!や、旅先で蛇さんを見ること自体もびっくりですが、それより何より、今から行く蟹満寺には、蛇にまつわる有名な説話があるのですよ!なんか、こういう偶然が無性に嬉しい単純な私です(=^^=)。

その説話は今昔物語集などに所載の「蟹満寺縁起」で、信心深い夫婦とその一人娘が観音の霊験で難を逃れたため、お礼にお堂を作ったというお寺の創建話になっています。

「村人が蟹をたくさん捕まえて食べようとしているのを見た慈悲深い娘は、可哀想に思って全部買い取り、そっと草むらへ放してやります。
一方その父は、ヘビが蛙を飲み込もうとしているのを見つけて、なんとか逃がしてやるよう懇願します。必死に願うあまり、つい、
「もしもお前がその蛙を逃がしてやったなら、自分の娘をお前の嫁にやろう」
と口走ってしまいます。するとヘビは蛙を放し、どこかへ消えてしまいます。

その晩、大変な約束をしてしまったと嘆く父の不安は的中、衣冠をつけた貴人が門前にたち、昼の約束の履行を迫ります。その場しのぎで3日の猶予を得たものの、すぐにまた約束の夜はやってきました。夫婦は決して雨戸を開けず、娘を守ろうとします。

一方約束を果たさないことに腹をたてた貴人はとうとう本性を発揮、蛇の姿で荒れ狂い、轟音をたてて雨戸を打ち叩きます。震えながら一心に観音経を誦える娘、おびえ固まる夫婦・・・・。

その時、温顔もきらきらしい観音様がすうっと立ち現れ、
「案ずることなかれ。汝らの娘は慈悲心深く、今また我を信ずること一心なれば、必ずや危難は除かれるべし」
と告げて去ります。
すると不思議なことに戸外の轟音は消え、すっかり静かになりました。

翌朝、家の外には、ハサミで切り刻まれた大蛇と、無数の蟹の死骸が残されておりました。
親子は観音の霊験に感謝し、娘の身代わりとなった蟹たちと蛇の霊を慰めるため、お堂を建てて観音さまを祀ったのです」

というものです(^^)。いやいや、説話とは言えなんと理不尽な(笑)。約束は守らなくてはいけないよ!だいいち人間と結婚するのと大蛇と連れ添うのと、どっちが幸せか、わかったものじゃないんだから・・・<妙な感想

とまあ、以上が蟹満寺の有名な創建談なのですが、実は現在本堂に祀られている国宝の仏像は、従って私の目的は、観音像ではなく金銅製の丈六釈迦座像。以前訪ねた時は質素なお堂の中で意外にも優しく威厳ある顔をしていた記憶があります。よく仏像の本に苦虫をかみつぶした様な写真が出ていますが、この仏像ほど写真写りの悪い奴はいない!と思ったものです(笑)。

さて、遠回りしたとはいえ私の足で20分ちょっと。覚悟して歩いたわりにはあっさり着きました。小さなお寺です、駐車場の大きな看板がなければ、そこがお寺であることすら気づかない体のなんでもないお寺。いいものです、こういう観光地になっていない所は(=^^=)。
本堂脇の庫裡で人を呼びますが、私の声はうじうじしているので届かない(^^;。ふと見ると蟹の形の木の板とトンカチがぶら下がっていて、「ご用の方はこれを叩いて下さい」とあります・・・う、でもー、あの説話読んだあとで蟹さんは叩けないよー(笑)。困って表へまわって呼び鈴を押してしまいました(^^;、ごめんなさいねー、ご住職!

中へ入れて頂いてたった一人、釈迦像さんと再会しました。興味のある方は、仏像の感想も読んでみて下さいね(蟹満寺釈迦如来座像の感想は、とっておきの仏像に置いてあります)

正面に座り、左右から近づき、像と同じ視線を試みたり・・・物音と言えばちゅんちゅと五月蝿いほどの鳥の声しか聞こえません。外からの光は障子に透かされてやわらかく、板壁の隙間からは既に晩秋の空気が流れ込んできます。そんな小さな堂内で像と対峙すること約40分、電車の時間ギリギリまでいました。次に円成寺へ行きたいので、この電車をのがすわけにはいかなかったのです・・・泣く泣く本堂を後にしました。う、次の予定がなければいつまでもいたでしょう、私にとっては最高の鑑賞空間だったのですもの。でも、ちょうど入れ違いに二組のお客さんが車で入ってきました。ああ、なら、ここで去って正解だったのかも・・・。

でまた帰りが一苦労、もと来た道を戻るのさえおぼつかない私が、途中から駅の方向だけを頼りに歩くのです、あっと言う間に「ここはどこ?私は誰?駅はどっち?」状態に(^^;。またも車を車庫に入れていたおばさまにお聞きすることに・・・。でも、聞いてよかった!このあたりの道がわかりにくいのは、不動川という天井川が流れているせいなのでした。行きは車道沿いに知らぬ間にその下をくぐって来ましたが、帰りの民家の間の道は、大きくうねって坂を上がり、この川をたった一カ所の橋でもって渡らなければならなかったのです。うーん、不思議だー、ちょっとした道があるのかと思っていた目の前の高台に、結構立派な川が流れてるなんて!@@ あとは駅の方向を頼りに再び下るだけ・・・しかしちょっと待てよ?もしも行きにこの最短ルートを来ていたら、絶対私、もっと迷っていたわー(^^;。ははは、コの字型の遠回りはやっぱり観音さまかお釈迦さまのお情けだったのだわねー。

とか思っているうちに、遠くで踏切音がするではないか! まずーい、これに乗るんじゃないか?私(^^;。それから慌てて急ぎ足で駅へ。さっきのたこ焼き屋さんに挨拶もそこそこに、ちょうどやって来た列車に飛び乗りました。ふう。さて、これからやっと奈良です(蟹満寺は京都府。しかも相楽郡ですよ、相楽郡!(=^^=)・・・ちょっと裏長屋ネタでした(笑))。15分ばかりの車内は蟹満寺さんの感想をメモして終わりました。

そして何年かぶりのJRの奈良駅。え?えええ?@@ いきなり私の目に飛び込んできたのは、今年オープンしたちょっと病院っぽい(ひどい)三井ガーデンホテル・・ではなく、その手前の駅前広場にテントを張り並べた「漫画フェスティバル」なる看板の文字!!!・・・裏長屋を覗いた方はご存知の通り、私ってば漫画大好き人間で、思わず予定変更しちゃおうかと思いました(爆)。いやいや、でもここはぐっと我慢(笑)、柳生行きの日に9本のバスを待って、円成寺へ向かいました。時は既に二時をまわっています。

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2 そして円成寺へ

〜11.13アップ〜

円成寺へのバスは、JR奈良駅から近鉄奈良駅を通り、東大寺方面へ。県庁を過ぎたところで左折、このあたりは依水園、吉城園などあって散策の合間の一服にもってこいの場所。戒壇院の西を過ぎると転害門(てがいもん)が車窓の右に見えます。天平時代の面影を残す、東大寺の西の門ですね。
そのまままっすぐ進めば国宝の楼門を持つ般若寺、奈良坂へと続きますが、ここで右へ。やがて浄瑠璃寺、岩船寺などある当尾への分岐も右に曲がり、私がじっくり廻りたいと思っている場所をサクサク通り過ぎていよいよなんだか山の中って感じになってきました。ちなみにこの分岐の停留所「長尾町」までは関東方面からの「奈良大和路フリー切符」が使えます。差額だけ払いましょうね!(笑)

ところでこのバス、サスペンションがいいのか悪いのか、なんでもない直線道路でもぶんぶん左右に揺れますー(^^;。まして入り込んだのは結構くねくねの山道・・・きゃー、揺れる揺れる、よくこれでひっくりこけないものだー@@。怖がりの私は生きた心地がしませなんだ。や、奈良で死ぬのは構いませんが、痛い思いして救急車なんか待つのが切なくて(^^;。いい加減降ろしてくれーっ!と泣きながら念じ始めたころ、ふっと道の両側に静かな池が現れたではありませんか!・・・そこが標高380メートルあまりの台地にある、忍辱山園成寺(にんにくせんえんじょうじ)の始まりでした。奈良の市街からは40分くらい、この寺の周囲は紅葉も三分ばかり始まっていて、別世界と言ってよい静寂な雰囲気です。帰りのバスまでは約一時間、逸る心をおさえて境内に滑り込みました。

最初に目にはいるのは、広々と美しい池です。平安末期に作られた、浄土式と舟遊式を兼ね備えた寝殿造り系の庭園・・・よくわかりませんが(^^;、のほ○ん茶のCMみたいな舟遊びをするような池が、阿弥陀堂の前に作られている、寝殿造りのお屋敷にあわせた配置の庭園、というものらしいです。名勝に指定されています。

左にその池を、右の高い所に楼門を眺めながら少し行くと、右に登る階段があって伽藍に入れます。つまり重文の楼門は通れない仕組み。ま、ここでの目的は平成五年に国宝に指定された、鎌倉時代の有名な仏師運慶が二十代で作ったという、現存する処女作、「大日如来座像」ですから、門のひとつや二つくぐれなくても・・・と思いましたが、結構重厚でいい姿をしていました。

その大日如来座像、どこにあるのかなー?と見渡せば、妙に真新しいまっ朱色の多宝塔が、静まり返ったこの場所には恥ずかしいようなケバケバとした姿で建っているのが目に入りました。普段なら不快になって避けて通るところ、なんとなーく気になって開いている扉をのぞき込むと・・・あう!居ました!写真で何度も見た大日如来さん!ここここんな所に〜っ!@@ うひゃっ!その安置された華やかな色絵の空間に、いかにも似合わないブラックホールの如き質量で、なんとまあ、さりげなくもいらっしゃることか!

〜11.15アップ〜

この仏像は、平成二年に出来た、丹塗りの朱もまだあどけない派手な多宝塔にひとりで置かれています。色絵で飾り立てられた内部は、扉を開け放しているのでそれなりに涼やかですが、新しい絵の宿命的はしたなさには目のやり場がありません(^^;。
そんな中、この仏像一身だけが、もあもあと妖しげな妖気をその体につなぎ止めて端座しています。そのせいでしょうか、扉正面の石段に膝をついてずずずいっと眺めていると、塔の周囲をめぐる縁側(?)で、二度ほど人の歩くミシミシという音がしました。もちろん誰もいません、ネコだって通りはしなかった。そんな不思議が特別不思議とも感じられない、なにかふわふわとした無限の世界がそこにありました。
円成寺大日如来の詳しい感想はこちらです。

ちなみに同時に入山した数人は、この塔へは寄らずに一見して古い本堂へと向かってしまいました。派手なものを自動的に回避するのはよい鑑賞態度だと思いますが(こらこら)、既に寒い中ここまで訪ねて、この大日さんを見ないのはどうかと思うよ〜(^^;。

いい加減寒くて仕方ないので私も本堂へ。こんな時、朝購入したアーモンドチョコがものを言うはずですが、ここで食べては申し訳ない雰囲気なので帰りのバスまで我慢しました(笑)。

本堂は室町時代に再建された、藤原時代様式の阿弥陀堂です。中へ入ると聖衆来迎二十五菩薩が描かれた太い柱といい(ちょっとエンタシスかと思ったです(^^;)、広い開け放しの寝殿造りといい、なにか圧倒される豪壮さを感じます。いい空間です。

中央の大きな厨子にはやる気のなさそうな顔の阿弥陀如来座像(笑)。藤原時代のもので重文ですが、ソフトクリームみたいにふわふわもこっとしています。可愛いです(=^^=)。でも、先程大日如来さん見たばかりなので、どーーもすぐに飽きてしまいました(^^;。好きな仏像は何度見てもどれ程見続けても見足りることはありませんが、そうでもないものは一回で飽きる飽きる(^^;、も、いいやと思います(爆)。
厨子の周囲には鎌倉時代の四天王像。一メートル弱の小さな像です。こちらは・・・うーむ、既に集中力が切れていたようで、あまり印象に残ってないです。なんと言うか・・・当たり前の四天王像だったような気がします(^^;。

それより何故か、内陣中央の四本柱に描かれた聖衆来迎二十五菩薩像たちが気に入りました。大柄の菩薩たちが供え物持ったり楽器の演奏をしたりしながら、中央本尊のとろんとした目の阿弥陀如来さんに付き従っているわけで、なんだか「仕方ないわねっ」と半ばあきらめながら、なんにもしないご主人さまをたしなめる家政婦さんみたいで・・・あああ、なんってひどい形容(^^;。

そして内陣の左右には、四つずつに仕切られた小部屋がついています(一応宝蔵だの経蔵だの局だのと名前もあります)。ここがまた薄暗くて物置みたいでいいんですわ(^^)。本尊の後ろなどとともに、廃仏毀釈で集まってきたらしい古い仏像がてんこ盛り。先の大日如来さんも、多宝塔が新造されるまではここの左隅のお部屋に安置されていたそうです。ああ、その時のお姿はまたどんなに素晴らしかったか、考えただけでゾクゾクします。大日さん、カムバーック!

さて本堂を出て、楼門を内から眺め、更に奥の鎮守の社を拝見。実はこれ、ちっちゃなお社ですが、現存最古の春日作り神殿で、国宝です。小さいのに充実した作りで、みなぎる力を感じました。ここも、ほかの方はあまり寄ってないですね・・・。

夕方近い山寺はもうすっかり寒くて、一本だけ真っ赤に染まった紅葉が風にその葉をゆだねるのも、ホカロンなしでは見ていられないという、ちょっと風情のない状態(^^;。でも、もういちど多宝塔の前でじっと佇んで、それからバスの時間めがけて寺を後にしました。・・・うう、もっとゆっくりしたかった。大日さん抜きでもいいお寺でした。こんどは池の前で落ち着いた時間を持ちたいです。

帰り道は非常に混んでいて、近鉄の奈良駅に着いたのは既に5時に近くなっていました。そのまま宿へ、と思っていたのですが、その時間かなり暗くなる関東地方と違って、さすが西の国は日が多少長い、まだ充分薄ら明るいではありませんか。急遽平城宮跡へ行ってみることにしました。今年再建なった朱雀門と、東院庭園跡へ。あわてて本屋で最新のガイドブックを立ち読みします。(私が持ってきたのは、円成寺の大日さんがまだ重文だったころの出版物なのさ(^^;)。でも、よくわからない・・・金払って中へ入るタイプか?それとも自由に見学できるタイプ?もっともこの時間では、どっちにしろ外から眺めるしかできないでしょうから、ええい、ままよとタクシーに乗り込みました。ははは。宿、平城宮跡の近くにあるので、どっちにしろタクシーだったのさー、この旅唯一、年齢相応の交通手段だわ(=^^=)。

登大路を西大寺方向に走らせて、簡単な看板を右折すると、10分ほどで夕闇にそびえる復元朱雀門につきました。ライトアップされてます。タクシーの運転手さんが「写真、とりましょうか?」と言って下さったですが、私にそんな趣味はない(爆)。や、実は写真も趣味なので、撮った写真は一万枚以上家にころがってるけれど、自分が写っているのはごく少ないのさ。まして観光地然とした場所で一人でにこにこ写るなんてまっぴら御免だーい!・・・とはいえ運転手さん、ありがとうです(^^)。

で、門の感想は・・・立派です。以上(爆)。だってそれ以上どう言えばいいのー! 私は風が吹き抜け、近所の人が犬を散歩させ、子供達が凧をあげる平城京跡が好きなのですよ。ここ昔何があったか、ここ昔何があったか、それは時の闇に問いかけてもわからない。今はあっけらかんとした草はらが広がるだけ。それこそ往時を偲ぶのに最適な状態だと思っているので。ここに諸々の建物が無理矢理紅く建って、中でお土産売ったり団体さんが大挙してお昼食べてたりする姿を思って下さい、こんな哀しいことはないです(;;)。見せ物のために復元されるなんて・・・。ただ、まあ、どんなすごい都があったのか、目でわかってもらうには良い企画かと思いますが。
と思って運転者さんに聞きましたが、これ以上の復元計画はないとのこと。また、この復元は、こっちのほうまでお客さんを誘導するのが目的で、お陰でだいぶお金が落ちているとか。・・・そうか、最初から団体客狙いなんだな? 個人客にはちょっと行きにくい場所です。

東院庭園跡は少し駅側にもどった場所にありました。法華寺の西側です。4時くらいまでは中へ入れるようですが、勿論既に閉館していますから、門前をうろうろっとしただけで、駐車場の閉門時間の5時半ぎりぎりで飛び出しました。さすがに暗くなった空に、かすかに残る紅色の雲の中、豪華にライトアップされた朱雀門を遠望しながら宿へ向かいました。

奈良で泊まる時は、ここ数年奈良ロイヤルホテルを愛用しています。一人でも泊まりやすい雰囲気、団体客とはちあわせたことがないこと、そして、地下に天然温泉サウナ(本当か?(^^;)と銘打って、銭湯みたいな大浴場があること。 ユニットバスが嫌いな私にはそれが嬉しくて、ずっと使ってます・・・奈良のホテルにはどこでもあるの?(^^;そんなことないですよね?。ちなみに備え付けのアンケートに答えると、宿泊一割引券がもらえます(笑)。
(実は二十代も後半まで、奈良県青少年開館というY.Hを定宿にしてました。別に踊らされたりしませんが(爆)、さすがにもう使えない(^^;)

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