仏像鑑賞に知っていると便利なこと、書き並べてみようかな〜と思います。 (一説には自分勝手な「ゴーマン」知識の略とも・・・(笑)) 仏像やお寺って、どうしてもお葬式や法事のイメージが強くて辛気くさく感じる人が多いと思いますが、 西洋キリスト教美術が知識を持つと一層よく理解できるのと同じで、 仏教美術だって、知ってみるといろいろと興味深いものです(^^) なにしろ高い精神性を如何に形にするか、というのが仏像の基本ですもの、 面白くないはずがありませんわ!(^^) 修学旅行で京都・奈良にいらっしゃる学生さんたちにも、何かヒントになればな!と思います。 専門家の方、すでに十分な知識をお持ちの方には物足りないかもしれません、 ご海容の上、不備、過誤などご指摘頂けると嬉しいですm(_ _)m ゴマ塩参考文献はこちら! | |
| 1・仏像の種類(四種類) 仏像には、その意味から大別して四種類あるのですよ!よくお釈迦様とかあみだ様、お薬師様などと言われるのが「如来」。観音様とか文殊の知恵などと言われる文殊菩薩などが「菩薩」。お不動さんなどと言われるのが「明王」。弁天さまとか寅さんが産湯をつかった帝釈天さまなどが「天部」と言います。 右にそれぞれの意味を書きますね! |
如来 悟りを開いた者、の意味。「この高みに来よ」と、人々を招いています。いわば悟りの象徴ですね! 菩薩 人々を悟りに導く手助けをしてくれる者。「ここまで来い」なんて言われても、どーしたらいいのかわからないのが人の常。そんな時にお手伝いをしてくれます。 明王 時には堕落しがちな人々に、愛の鞭をくれます! 天部 仏法の守護神。様々な特殊能力を持ちます。 |
| 2・四種類の造型上の見分け方 では、上の四種類それぞれの仏像を、どうやって見分けるか、簡単に書きましょうね。 仏像は釈迦没後数百年してから、その姿を想像して作り始められました。釈迦がシャカ族の王子で、お城の四つの門を出た所で、それぞれ老いた者、病に倒れた者、亡くなった者、そして修行者を見て、この世は「生・老・病・死」の四苦に満ちていると悟り、王子の身分を捨てて修行の道に入ったことは有名ですね(^^) 如来は悟った釈迦の姿を表しています。菩薩は王子だった頃の姿です。ですから如来像は一般に装飾が無く、衣もトイレ掃除に使ったとかいう(!)粗末な一枚布を巻いているだけだったりします。対して王子だった頃の姿を模した菩薩像は、衣装も豪華、首飾りに腕飾り、冠にイヤリングと、キラキラです。髪も美しく結い上げています。 明王と天部はもともと異教の神だったのを、仏教が取り入れたものです。明王像はとにかく怒ってます。手足がいっぱいあったりします。怖いと思ったらたいてい明王像です(笑)。モデルは王子時代の釈迦の勇姿。天部は吉祥天だの弁財天だの優しげな女性神の姿をとる者、四天王や十二神将のように武神の姿をとるものなどいろいろです。武神像のモデルは釈迦のSPだとか・・・。 右にとても大ざっぱで直観的な見分け方を書きますね! |
如来 髪がボツボツ(螺髪らほつと言います)で頭が二段(肉けいと言います。けいの字は「もとどり」という字)。たいてい丸顔で座っていることが多いです。眉間にポチンと丸いものがついています。これは白ごう、心を見る第三の目ですね!手は印と言って妖しげな形に組んでいます(笑)、これ、いちいち意味があるのですよ! 菩薩 長髪を高く結い上げ、または肩に垂らし、衣装も装飾も華やか、天衣(てんね)という羽衣みたいなものをまとい、手にハスの花や水瓶などもって、立っていることが多いです。ただしお地蔵様(地蔵菩薩と言います)には髪はないですね(^^;。また観音様(観世音菩薩)には変化形が多いです(十一面観音、千手観音など)。 明王 よく見かけるのが不動明王です。髪は三つ編みを一本垂らし(弁髪)、右目をむいて左目はすがめています。牙が左は下向き、右は上向きにはえています。その他もたいてい顔をゆがめています。 天部 華やかな女性像、甲冑を付けた何体かペアのもの、筋肉もりもり上半身裸像、などなど、上記三種の定義に当てはまらないものは天部のことが多いです。中にはシンプルなものも・・・(笑)。 |
ゴマ塩特報1 耳に穴と言っても、耳の穴ではないんですよ!耳たぶに立派な穴が空いてるの!これは釈迦が王子時代にピアスをしていた跡!!@@ 出家に際して一切の修飾を捨てたわけですが、ピアスもとって、その穴だけが残ったというわけ。王子時代をモデルにした菩薩像には、ピアスやイヤリングがつけられています! |
(三十二相・八十種好と言われます!) ゴマ塩特報では、てっとり早くそれらのうち面白いものをご紹介していきますね。これを読むだけで、仏像に出逢ったときに親近感を覚える・・・ようになってもらえるといいな!(^▽^) |
3.時代別の印象の違い 日本に最初に仏像が入ってきたのは飛鳥時代、6世紀中頃から7世紀はじめにかけてですね(^^)。仏教伝来が538年とか552年と言われますが、ま、そのころ、と考えておいたほうが無難でしょう。最初のことですから、多い仏像は基本の釈迦如来像、朝鮮半島経由で輸入されたもの、およびそれを手本にしたものなので、素材も壊れにくい金銅製が主体です。金銅とは、銅(を主とする金属)で形を作って金メッキしたものです(^^)。素材柄か、顔の表情はかちんこちん、私などいつも、目玉は?目ーだーまーはー何処ぉぉぉ?(;;)と探してしまいます、だって、杏仁形といわれる見開いた目の仏像でも瞳がないのですもの!これは怖い!(;;)・・・彩色が消えてしまったと考えられますが。おまけにアルカイックスマイルと呼ばれるニタリ笑いの口元、それらのせいで異様な表情をしています。ただし、体はひどくおとなしめ、頭でっかちのものや左右対称形も多いです。「古拙」と表現されるように、下手っぴな作りでいかにも人形という感じです(いいのかな?そんなこと言って(笑))。 それが白鳳時代、7世紀も後半に入ると、素材に様々なものが使われるようになります。金銅はもちろん、木、塑造(粘土を乾かす技法)、乾漆(漆と布を使って造型)・・・これらはいずれも金属よりも造形しやすい特徴を持っていたためか、日本産の仏像も、人形からぐっと人間に近づきます。素晴らしく素直な、人間らしい顔、それが私の白鳳仏のイメージです。なんだか生き生き楽しそうなんですよ!でも、体はまだ動きが少なくおとなしく、衣も左右対称だったりして、人によっては硬さを感じるかもしれません。 さて、8世紀に入り天平時代と呼ばれる時期になると、白鳳時代とは技法上にさして差はありませんが、俄然、顔の表情に思想が表現されるようになります。「な、なんか主張してるぞ、こいつ!」とか、「ととととりあえず謝っちゃえ!ごめんなさ〜い(^^;(^^;」なんて意味不明のこと思ってしまうのが、この時代の仏像を前にした時の私です(笑)。いわばやっと「仏像が仏になった時代」ではないかと思います。ボリューム満点、威圧的な造形がこの時代の特徴です。 白鳳時代と天平時代は、区別せずに奈良時代とすることも多いですが、上記の理由で私は区別したいです |
次の平安時代に入ると、空海、最澄によって密教が導入されましたから、仏像の種類も一段と増えます。仏の力一つ一つを仏像で顕わそうなどとしたからです。素材は圧倒的に木となります。日本の風土に結局あっていたからでしょう、量産のために寄せ木造りといって、プラモデルみたいな作り方も考案されましたし(定朝が完成させた技法です)。この時代は・・・一言で言えばおっとりしてます!特に平安後期、「和様」と言われるように優しく優美な表現が好まれ、仏像の目などもトロンとしたものが増えるのです。密教系の明王像や、異形の仏像ですら、形はおどろおどろしく作ってあっても、その表情や存在に切実さが感じられないのです。せっかく天平時代に仏になった仏像が、またしても、飛鳥時代とは異なった意味できれいな人形にもどってしまった・・・ような気がします。 さてさて、武士の時代、鎌倉時代に入るとどうなるでしょうか。有名な運慶快慶の活躍した写実の時代ですね!素材は木が多く、技法もいろいろ考案されます、中でも、本物の目玉に見せるよう、お面状の顔から目をくり抜いて、裏から水晶を入れるという、玉眼という技法がこの時代の大きな特徴です。仏殿の灯明に照らされ、確かにそれは本物の目玉のようにキラキラ輝きます(^^)。筋肉や血管まで実物そっくりに彫られたのはいいとして、中にはすっぽんぽんの仏像を彫って本物の衣装を着せるなどという、着せ替え人形仏像も出てきます(笑)。総体的にすっきりキリリとした顔立ち、でもやはり思想性はあまり感じません。仏師の流派によって技法や表現がお約束の様に異なり、世俗の行きすぎた流派争いを感じさせたりします。 とまあ、ここまではまだよいのです、文句を言いつつ、見ればそれなりに、ふううん、と納得するものがありますもの。ところが室町時代、江戸時代となると、どーしたことか、芸術的な仏像って、本当にないのです。現存の仏像ではこの時代以降のものが圧倒的に多いにもかかわらず、雑魚ばっか。精神性はおろか、造形的にも不健康で暗い感じのものばかりです(そこまで言う!(笑))。ただし装飾に関しては、ジャラジャラの冠つけたりゴテゴテの光背背負ったりと、金満家好みかもしれません(^^;。 ゴマ塩特報2 〜仏像の手に水かき発見!!〜 よく見て下さい!如来像の手指の間には、水かきが!!@@ これは総ての人を漏らさず救うという意味を表しています!いやん、かえるだったのね?仏像ってば!(笑) |