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〜2000年の断想〜

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6.13

夢の中で、これは夢だから一瞬でも長く続いて欲しいと祈っていた。
覚めてからは今でも泣ける、二十歳の頃の本当の夢。
手を伸ばせば届いたのに、
何故、
怖れてしまったのだろう・・・。

5.1

「筋を通せ、筋を!」
と、それがこの世で唯一の正義と信じている、
鉄面皮の様な集団に攻め寄られた時、
人は「情」でも動くということを、
どうやって思い出してもらえばいいのだろう。

説明すればするほど理屈に堕し、
情からどんどん離れていく。
情とは理屈ではないのだから。

別々の場所、異なった環境で生まれ育った人間が、
ほんの些細なきっかけで出会って恋でもして、
それから思いがけず長い時をともにすることができるのは、
筋を通しあうからではなくて、
情を通わせあえるからだと思うのだけれど。

通る筋なら通すがよろし。
だが、すべての理不尽を飲み込む大きな力は、
情にこそあると知れ。

(解説・通りっこない筋を、情に訴えて通そうとしているらしいよ、この人(笑))

4.28

その人の立場や見方によって、
物事とはまったく異なって見えてしまうもの。
自分は冷静に公平に真実のみを見ているのだと、
断言できる人ほど危ない罠に陥っている。

それならば真実とは本当に存在するのだろうか?
最初からそんなものはないのかもしれない。
・・・そう思っていたほうが、
判断を過たずにすむような気がする。

4.18

強さと我がままは紙一重。
それが強さと見えるか我がままと映るかは、
人を思いやる心の多寡で決まると思った。

4.12

やらなければいけないことや、
考えなければいけないこと、
悩まなければいけないことが、
突然同時にたくさん降ってわいて、
何をどうしたらいいのかパニックになってしまった時は、
とりあえずコーヒーでも一杯、丁寧にいれるといい。
どうせ同時に全部は処理できないからね。

そしてなるべく穏やかな陽の当たる気に入りの場所で、
好きなネコでも膝に乗せて、
ゆっくり味わいながらその一杯を飲み干すこと。
頭の中が真っ白になるのを感じてね!

それから再び考え始めると、
不思議にも一番大切なことから思い出してくるから。
思い出した順に処理していけばいいんだよ。
・・・コーヒー一杯ぶんだけ、ちょっと急いでね(^^)

4.7

何ごとも、足元をすくわれないように、騙されないように、
世間にでたら、右も疑惑、左も懐疑。
どうもそうやって生きるべきだと思っていたけれど、
違ってもいいかなと思い始めた。
石橋を叩きに叩いて叩き壊して後戻りするくらいなら、
とりあえず橋と見たらせーので両足ドカン。
時にはア〜レ〜と下の川に流されてみて、
知らない場所に漂着する自分を楽しむのもいいかもしれない。
・・・途中で溺れないようにね(笑)。

けど、どう考えても御免こうむりたいのはやっぱり電話勧誘(−−)。
これだけは流される気になれない。
以前、「懐かしの母校の近くにマンションを持ちませんか?」と、
慇懃無礼な電話がかかったことがある。
「マンションに出す金などびた一文ありません」と断ると、
「それがね、奥様、元手は一文もいらなくてマンションが持てて、
老後は売却資金で悠々生活できる、そんなお話なんですよ!
どうです、これなら興味がおありでしょう?」
ときた。
呆れて物も言えないとはこのこと。
「悪いけど、うちの大学の出身者なら、
そんな言葉に騙される人間は一人もいないと思いますよ」
と言い捨てて切ってしまった。

でも、ちょっと待てよ、
出身校には結構世間ずれしてないお嬢さんもいたっけ。
こんな電話をうちにまでかけてくると言うことは、
意外とひっかかってる奴もいたりするのか?(笑)
と思って、みんなどうやって断ったか友達に聞いてみたら・・・
なんと、そんな電話のかかってきた人は、
他に一人もいないじゃないの!@@
するってーと何かい?
私が一番ひっかかりそうなタイプだからかけてきたってーのかい?
やめてくれ〜(^^;。

考えてみれば、電話をかけてくる人も仕事。
ひっかかる人がいて儲かる限りなくならない。
けど、そんな電話は効率悪いとなれば、
会社も電話勧誘をやめるはず。
だから皆さん、電話勧誘は断固として断りましょう、
流されないように。
よし優良企業からの真に貴重な情報とて、
興味の有無もわからぬ赤の他人の家に、
その時の事情も考慮せずに電話をかけてるくるなど、
無礼にもほどがあると思うのですよ。

世界中から電話勧誘を撲滅したい私です。
(要はせっかく寝た赤ん坊が起きるので、
以前にも増して電話勧誘が巨悪に思えてきたわけです(大爆))

・・・何か前半と後半では主旨が逆転した断想になりました(笑)。
それに妖しのマンション勧誘話、前も書いたかも(爆)。

3.29

幼い頃、近所に猛烈に怖い大きな犬がいた。
人の顔を見れば狂ったように吠えかかるので、
つながれた鎖がはずみで切れたらどうしようと、
いつも不安だった。

けれど、そこはたまたま中学校の通学路に面していて、
時間になると制服姿の優しそうなお姉さんたちが、
華やかな笑顔で行き来した。
何故か私は、たとえ犬が私めがけて突進してきても、
このお姉さん達が必ず助けてくれると信じて疑わず、
通学時間帯だけは安心していられたものだ。

その頃、十代のお姉さんには何でも出来ると思っていた。

さて自分が十代となり、案に相違して何もできないと知った頃、
今度は二十代が大人に見えて大人に見えて・・・。
大人すぎて随分と老けこんでしまうものだと感じていた。

そして二十代に入る頃には、
三十代になれば人生お終いだと思ってしまう。
生活も考え方も何もかもが当然完成され、安定して変化もなく、
もはや余生を送っているに違いないと。
四十、五十? そりゃ棺桶だよと。

ところがどっこい、今ようやく三十代(も後半(笑))になって、
完成?安定?とんでもないっ!
余生どころか迷いの森はいよいよ深く、
出口かとみたその明かりは、
隣の森へのウェルカムボードだったりして。

けれど同時に、直進路しか見えなかったのが、
たくさんの迂回路や、
時には退路を確保する手段も朧ながら見えてきた。
そして人は生きている限り、
迷い歩いていいのだと思えるようにもなった。
二十代までのがむしゃらな経験が、
ようやく消化吸収の時期を経て、
これから初めて活きてくるのかもしれない。
いや、活きてくれっ(笑)。

今はもう、四十代はこうだと想像することはなくなった。
その頃何を考えているかが楽しみだ。

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