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断想 〜回想 5〜

 1998年 

10.22

今日の朝日新聞夕刊に(東京版)、
金田一春彦さんのアクセントに関するインタビューが載ってましたね。
「彼氏」が「れし」か「かれし」か、という、あれです(^^)。
(・・・というか、「彼氏」という表現自体、
もうあまり使わないと思うけど(^^;)
たった数十年、いえ、十数年で変わっていく日本語のアクセント。
「夜」の「よ」と、「世」の「よ」でアクセントに違いがあるなんて、
ご存知でした?
「振り込む」と「降り込む」も戦前は違っていたのですって@@
解りません、私(^^;。
地方によっても異なりますからね〜、面白いものです。

と言うわけで、万葉の昔はアクセントだけでなく、
発音も今より多かったのですよね、
・・・「ゐ」「ゑ」の発音などは、
いつごろまで残っていたのでしょうか、
江戸時代にはまだあったのかしら。
昔のものを大切に残すこと、それも文化です。
でも、時とともに変わっていくこと、
それもまた文化の形。

現代はパソコンなどデータの普及によって、
「書物や書き文字の文化が無くなる」
と案じられていますが、
奈良時代の文字の導入の時って、きっと、
「そんなものを使うようになったら、大切な口承文化が無くなる」
って、そう案じられていたに違いないと思いませんか?(^^)
語り部のおばちゃんたちが、こぞって反対してそうですよね(笑)。

そんな風に、抵抗を示されながら続いていくこと、
それこそ文化なのかな〜と思います(^^)。
・・・やっぱり熱があるみたーい(爆)。

 

10.20

法隆寺の百済観音に、やっとお家が出来たようです。
22日に落慶法要だとか・・・。
しばらく行ってないのと、
うちでとってる新聞には伽藍配置図がなかったのとで、
場所がどこだかはっきりしませんが、
今までの大宝蔵殿を建て替えたのでしょうか。
大宝蔵殿のお宝もごっそり移るようですねー(^^)
楽しみです。

でも、私は今までの、廊下の途中にどぉーんと置かれていた姿も好き。
いつでもどこへでもふらふらと出歩けるような、
そんな飄々とした姿に似合っていたから。
・・・新造の明るい観音堂で、強化ガラスに包まれて、
これからどんな表情を見せてくれるでしょうね(^^)。

 

10.18

ガラス細工の湖の底に
ルビーの毬藻は秘めやかに眠る
むせぶ緑のベルベットに守られて
果てなく透いた 湖底に沈む

金鱗 天より森に舞う日
かいなを上げて ただ佇めば
遠き想いは叶うとか
風の形は消えるとか
紅き中有はガラスに濡れて・・・

・・・すみません(^^;、
ネッ友からお借りした漫画たちを読んで、
ふと出てきた言葉を並べてみたら、
なんかとんでもなく変なものが・・・(笑)。
こんな意味不明のものでいっぱいのノートが、
11からの16年間でどれだけ溜まったことでしょう。

 

10.7

大きな事件のテレビ報道で、いつも気になるのは、逮捕された容疑者の過去を随分ほじくり返すなあ、ということ。たいてい「中学校の卒業文集では」とか、「高校時代の友人の話では」なんてのが出てきます。
自慢じゃないが、私、過去の卒業文集に自分が何書いたかなんて覚えてません。高校時代の自分も、同一人物だとは我ながら思えないほど今とは違っています。
もしも自分がそんな報道されたら、ひたすら困惑するでしょう。「卒業文集に○○○と書いていたのにこんな悪事に手を染めた、何が彼女を変えたのか」とか、「高校時代からやっぱり自己中心的な要素があって、友達も敬遠していた」なんて言われても・・・ねえ。そんなことこの犯罪とは何も関係ないでしょ!と言いたい!
・・・て、悪いことしなきゃいいわけなんですがね(爆)。

変わらない部分もあるとは思います、基本は変わらないものなのかもしれません、でも、生きてきたんです、人間誰でも、多かれ少なかれ過去の自分と闘いながら・・・それを一切否定するような報道は、たとえ罪を犯した人のことでも、大変不愉快です。

・・・と書いてみたものの、これは報道姿勢への批判ではないですね(^^;、私が過去を断ち切って生きて来てしまったので、それを逆なでされるのが嫌なんですね・・・。
文章にしてやっとわかること、多いです・・・悩んでいる時、迷っている時は、誰に見せるのでもなく、自分自身のために文章にしてみることをおすすめします。もつれていると思った糸が、意外と綺麗にほどけること、あります。

 

10.3

朝、空気が早くも冬の匂いをさせていました。
季節が移りゆくのを感じる時、とても幸せになります(=^^=)。
生きるのが苦痛なだけだった子供の頃、
風や夕陽や夜の闇に季節を感じることが、
たった一つの生きる意味でした。

 

9.19

思い出がたくさんあるって、いいことですよね!
このページを見てくれた友達が、10年くらい前、一緒に行った飛鳥の青い空を思い出したと、感想のメールをくれました。
言われるまで私の方はすっかり忘れてましたけど(^^;、たしかに、レンタサイクルで飛鳥を爆走した記憶がありありと!
益田の岩船に上ろうとして、上の穴にたまった水にカバンをほーりこんでしまった奴もいたっけな(笑)。
そこから閉館間際の橿原考古博物館へ、チャリ飛ばして滑り込みセーフしたっけな・・・。
何でもないことだけれど、帰れない時代が貴重です。

 

9.16

芸術と作者の人格は別物、むしろ反比例してるんじゃないか?と思うことは多い。業績もしかり。いや、凡人には平凡なことしか出来ないってことなのだけれど。
でもあんまり直視したくないな〜、ああいう姿・・・。

そして、平凡というのが、波風立たない穏やかなことを指すのだとすれば、一生を平凡に終えることは、実は結構難しいのだと思う。

 

9.15

今し方、煙草を買いに外へ。
台風5号の雨は闇夜に重く、
傘にしっとりまとわりつき・・・

家々は窓を閉ざし、人はその中で、
犬や猫や、鳥や虫たちと一緒に、
ひっそり息を潜めて身を寄せ合う。

私一人が雨の中、
このやわらかき夜を独り占め。
得意になってふふりと微笑めば、
甘茶色にけぶる町が一斉に話しかけてくる。

*煙草は主人のもの。私は吸わない(笑)。

 

9.12

秋色深まるこの薄暮
遠き茜は懐かしき色
大樹の下で、夜が集う時
玲瓏たる琥珀の音は時空を越えて・・・

   *

りんりんころころ、
虫の音に昔の記憶を呼び覚まされること、ありませんか?
激しい郷愁に駆られます、決して帰りたくない所なのに。

 

9.8

今日、大輪の黒い薔薇の花が豪華に飛んだ、
白いオーガンジーの様な薄手の生地の、
袖のたっぷりしたブラウスシャツを、
かっこよく着こなしてるお人を見かけました。

ところがこの方、
白髪もだいぶ薄らいだ、初老の紳士だったのです!@@
いや、びっくり!@@
それがまことにカッコよい!
・・・人間、既成概念にとらわれるものではありませんね!
人生楽しまなくては!
・・・と、いつも楽しんでいるくせに、
更にその思いを深めたのでありました(笑)。

 

9.7

かさこそと動く、可愛い沢ガニを売ってるのを見かけました。
20匹で580円。
入れられたビニール袋から逃れようと、
こそこそがさがさ必死の様子。
でも、ここは魚屋。
この子たちが袋から出るのは、
唐揚げにでもなる時のみ。

魚でも肉でも、きっと野菜だって、
人が生きるのに殺生はつきものなのでしょう。
けれど明確に逃げる意志を表示されると、
「殺生」
という言葉が、また一層重くなってしまうのです。

 

9.4

おしろい花が匂います。
昼よりも夜、よく匂うのだそうですね。
この花は「香」より「匂」が似合う花。
その昔、これでパラシュートを作って遊んだはずですが、
どなたか、作り方、覚えてませんか?(^^)

一日中いわゆる「嫁」して来てすっかりくたくた。
その帰り道にふと気づいた懐かしい匂い。
遊ぶだけが世界のすべてだった輝きの時、
その思い出の匂いは、
今では大切な大切な、生きるための喜び。

 

9.3

ここの所めっきり涼しくなりました。
カコンと憑き物でも落ちたように、
今年も秋になるのですね・・・。

淡い桜色の早春よりも、
紅葉色の夏から秋への変わり際の方が、
どうしてか私は好きです。

ふと我に返り、
振り向いてたたずむ当惑の季節。
・・・それが夏の終わりに特有の感触。

無限と無限の間の、ほんの一筋の生の光明、
これ程のはかなさの中で、それでも人は、
「涼しくなった」と思うのですね。
幾たび、そして幾人が。
生きていることがうずく様に哀れで。

どうしてでしょうね、
必ずそんな感傷がわく唯一の季節です。
夏の、終わるこの時。

 

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