● 1998年 ●
12.28
あまりにくたびれると、
怒る元気もなくなってしまうものなのでしょうか。
どうでもいいやと思ってしまいました。
そんな時に綺麗な月など目に入ると、
しかも一つ星従えて穏やかににこやかに煌めいていたりすると、
もう一度これが見たいな、
これを見るためだけに、このまま生きていてもいいかな、
と思えます。
生きる目的はそんなものでいいのだと思っています。
12.22
「警戒中」という黄色い腕章をつけた、
制服姿の屈強そうなお巡りさんが三人、
明るい冬陽の中で公園の花壇に見入っていました。
花など咲いてないのに、何を見つけたというのでしょう。
平和を・・・このままの平和を強く願った一瞬でした。
12.17
今日は風が強くてすごく寒い夜でした。
旦那と自転車並べて走っていると、
星が澄んだ輝きを放ってとても綺麗。
おまけに、洒落たことには縁のない街なのに、
庭の木にクリスマスのイルミネーションしてる家が結構あって、
なんだか嬉しくなりました。
幸せって、素晴らしい何かが起こることではなくて、
何も起こらないことなのかもしれない。
大丈夫でしょうか、きな臭いお話が報道されています。
12.15
朝日新聞の夕刊に、
唐招提寺のお身拭いの写真が載っていました。
気持ちよさそうですね〜(^^)
毎年毎年、こうやって大切に拭われてきたのでしょうか、
人の心が何百年も手渡しで伝わってきたことを、
しみじみと実感できる光景です。
12.10
ストレスって、どうしてヤケ食いや衝動買いで解消されるのかしら。
断食や貯金で解消できればいいのに。
「あー、むしゃくしゃするっ! 貯金でもしよう!」
って郵便局行けばすっきりさっぱり・・・。
ああ、そんなだったら私は今ごろ億万長者してるのにーっ!
12.2
すごく寒かったです、今日の関東地方(;;)。
平地のこのあたりでも雪かみぞれになるかと思いました。
冬は寒いものですし、夏は暑いもの。
それが日本のいい所なのですが、
もうすっかり冷暖房なしではやって行けない体(笑)。
それこそ江戸時代などどうしのいでいたのでしょうね。
そう言えば、星の絵を丸く描く時代は平均気温が高く、
ぎざぎざの、いわゆる星形に描く時代は平均気温が低いのだと、
どこかで読みました。
寒いと星きらきらしますから星形に描くことになるのですって。
それで行くと日本の古代は平均気温は高かったそうです。
たいてい丸ですからね、星。
・・・どなたかこの説、ご存知ないですか?
何に書かれていたのだろう・・・。
11.30
私の学生時代は、
授業さぼりまくった上にたまに出席しても居眠り三昧、
それでもみんなが卒業できるらっきーな時代でした。
・・・や、そんなことしてたのは私だけかも(^^;ですがね。
だから(?)講義の記憶はほとんど皆無なんですが、
いくつかよーく覚えている教授の話があります。
その一つが心理学の某先生の言葉。
「人は行動と目的が一致している時に、
初めて楽しいと感じるものだ」
・・・その時の例え話がですね、
「合コンがもりあがらないのは、
目的は彼氏彼女を作ることなのに、
行動はとりあえずみんなで飲んで騒ぐ、
こんな風に目的と行動がズレているからつまらないのです」
ををを!納得っ!目から鱗状態でした(爆)。
で、これを応用して、
仕事がつまらないのは、
目的はお金もらうことなのに、
行動は伝票書きや電話取りだからだ、
と解釈。
なるべく目的と行動が一致する生き方をとりたいなーと、
そんな風に思ったことがありましたっけ。
今でも自分の行動を考える時、
このことにはちょっと注意します。
11.26
金に透ける朝焼けの天球
名残の群青は細月を隠して
吐息のかそけさ 解かれた呪縛
擬議なき中有は青眼の彼方へ
・・・よ、これは貴女の昇華か
軋む胸を一条の救いに掛けたあなたの安堵か
11.19
掲示板で話題になった「巨大大黒」さんと「走り大黒」さん、
どこかに写真だけでもないかな〜と、
本屋さんで仏像の写真集を眺めました。
大黒さんたちは見つからなかったけれど、
うっわ〜、またまた見たいものがいっぱい出てきました(=^^=)。
やっぱり奈良聖林寺の十一面観音さんと、
京都になっちゃうけど観音寺の十一面さん、
続けて見たいですよね〜(=^^=)。
あと、中宮寺の弥勒さまと広隆寺のそれも。
それから今回行った円成寺の本堂の阿弥陀如来さまと、
京都の法界寺の阿弥陀さまって、
写真で見ると感じが似てる〜、是非実物で確認したいっ!
・・・と、本題の大黒さま、
最も古いのは福岡の観音寺にあるようですねー。
ちっちゃめの袋背負ってとぼとぼと歩き出す姿でした。
走ってない(笑)。
あそこは体育館のような広い室内に、
5メートルを越える巨像が並んでいてド迫力なんですよね!
11.3
出版って、理想と商売がどうしても両立しないのですよね・・・。
多くの人を楽しませ、たくさんの人の役に立つ本、
つまり「売れる本」が必ずしも「いい本」とは限らないわけで、
むしろその逆の場合が多い・・・。
例えばパソコンのHOWTO本は売れても、
本格的コンピューター理論の本を買う人はごく少数でしょう。
それが人文書の分野になるともっと顕著で、
文化的に実に有用だと思うような「いい本」は、
とりあえず全国で100人読んでくれればいい方だ、
なんて代物になりかねないのですよね(^^;。
それでは作れない。
単価がバカ高くなり、利益も少ないから。
いきおい売れる本の制作に走り、
「いい本」はその余力で出そうと目論みます。
ところがそうやって会社がデカクなると、
運営のために次々売れる本を出さざるをえなくなります。
すると当然企業の論理で、業績不振部門の縮小、削減が行われ、
あらま、なんと、当初の目的だった「いい本」は、
いつの間にかその居場所を追われてしまうのです。
「企業」になってしまった出版社が、
そのカラーを設立当初と一変させている所が多いのは、
この避けられないジレンマがある故です。
それでも踏ん張っている編集者に、
がんばれーと小さい声で言いましょう(^^)
・・・でもここ、関係者の方もご覧になるかもしれないんでしたね、
偉そうな口きいてると恥ずかしいのでありました(^^;
11.2
「三時間待ちの三分診察」の大病院の待合室で、
ぼーっと耳を澄ませていると、
実にいろいろなことが見えてきます。
とりわけしみじみ思われるのは、
自分はなんと運良く健康に生きて来られたことか、
という、その認識。
どれほどたくさんの、しかも若い人が、
私から見れば絶望的な状況と向き合って生きていることか。
そう知ると、目の前にそびえ立つように思えていた壁が、
ひゅるひゅるとせいぜい垣根くらいのものに見えてきて、
息をするのも急に楽になるのです。
11.1
生き難い悩みを抱え
懸命に道を行く人へ。
自分の幸せを
自信をもって目指して。
毀誉褒貶と、その心の幸せとを、
決して混同しないで・・・強く。
時には前方だけでなく後ろや左右、
そして下へもやわらかな視線を。
しゃがみ込んで路傍の草を見、
寝ころんで空の光を見て。
力なき身を虚空にまかせるその一瞬に、
もしかしたら答えはあるのかもしれないから。 |