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断想 〜回想 3〜

 1999年 

3.25

きな臭いご時世ですねえ・・・
誰もが望んでるはずの平和って、
そんなに難しいものなんですかねえ・・・。
いや、平和、決して誰もが望んでるわけじゃないんだろうな。
それに、どういうのが平和か、
人や国によって異なってしまうから問題なんだろうな・・・。
うーん。

 

3.17

蔓延する罵声
燃え上がる暗黒の粘炎
自らを焼き尽くし
闇の塊と成る

死者の残り香には
積石の誘い

怠慢と寛容をはき違え
許容を優しさと公言し
手を差し伸べることをしない者たちよ
身の咎を自覚せよ
かたくなな後ろ手が
彼の世の風を呼ぶと知れ

 

3.11

梅を見に行ってきました、水戸の偕楽園へ。
小雨まじりの寒い日でしたが、梅はちょうど七分咲き。
ほのほの白くけぶる枝々の狭間から、
薄桃色の枝の見え隠れする様はまさに夢心地。
梅は寒い日に見たほうがいいみたい。
のほほんと温かな日だったら、
あの夢の世界に取り込まれてしまうから。

 

3.2

うちの母は還暦まで手の届く年ですが、
いまだに某スポーツのシニア大会では全国レベル・・・らしいです。
でも、もう10年くらい、両足の膝を傷めて苦労してます。
普段は床に座れない、階段の上り下りも手すり頼み、
足を引きずって歩いていて、見てるとハラハラです。
なのに、いざ大会となると、人一倍ちょこまか動いて、
普段からは想像できない活躍で優勝する・・・らしいのです。
だもので、いっさい医者にはかかってませんでした。

去年の秋、私が一人で奈良へ行ったとき、
京都と奈良の間にある蟹満寺というお寺に釈迦像を見に寄りました。
ここのお釈迦さま、行って始めて知ったのですが、
足腰に御利益があるのですね。
ふ〜ん、と思って、母のためにご祈祷の紙を書いて、
3000円程の祈祷料を納め、別にお守りも頂いて帰りました。
まあ、気は心。

ところが、帰ってお守りを渡したらお互いびっくり@@
なんと、私が奈良にいる間に、ふと思い立って、
10年絶対行かなかった医者に行ってみたのですって!@@
いやいや、「御利益」ってのは、
膝の痛いのをあっと言う間に除くことなんかじゃなく、
まさにこういう「ふとした偶然」のことなんだなあと、
本来信仰心のない親子はしみじみ感動しました(笑)。

しかもこれだけでは終わらなかったんです。
直後に母の友人が、何やら膝によく効く民間薬をくれたり、
医者から処方された湿布薬を言いつけ通り使ったりしてるうちに、
今では膝のあの苦痛がウソのように無くなったのですって!
お陰で某スポーツの練習会でランニングなどあると、
余人を2,3周ぶち抜きで走るのだそうです(^^;。
調子にのって別のケガしないといいけど(笑)。

御利益って、不思議な力で願いを叶えてくれることではなく、
謙虚に感謝する気持ち、なんだなあと感じた出来事でした。
偶然私の祈祷依頼と病院行きが重なったお陰で、
母はその後も「蟹満寺さんのお陰」と、真面目に通いましたし、
友人の民間薬も、普段はありがたなんとかになる所を、
今回ばかりは本当に有り難く頂戴した様ですし、
痛みがとれてからも「お守りに感謝」と言って、
慢心せずにいます。

祈願することで、生活の中に自覚を生み、
普段忘れがちな謙虚な気持ちに戻る・・・
宗派宗教とは別の、人がもともと持っている自然な信仰心を、
体験できた気がします。

 

2.17

久々に姿現した深き闇、
そこより立ちのぼる暗然たる霧・・・
心、すべて侵される寸前に、
軽やかな風でその霧一瞬吹きのけたのは、
飛び立つ一羽の鳥。

いるはずのない頭上のくぼみより、
ふいに羽ばたいて空へ去った温もり。

闇、晴れる道理なきものならば、
せめて全面を覆われぬよう、
端へ、端へ、追いつめていこう。

そう決めてかたくなに歩く私を次に救ったのは、
ほころぶ直前の沈丁花。
小豆色に寄り合うつぼみが眉間の皺を見事に照射した。

ああそう、私は樹々や小動物に生命をもらう。
何も言わず何も思わず、名さえ持たずにただそこにいる、
そんな存在が生命を与える。

・・・私も、
存在するだけで何かの命になっているのか。
私も・・・あなたも・・・。

 

2.13

大学までは、みんな似たような人生でした。
卒業してからは、どうしてこんなに?と驚くほどに、
いろいろな人生を歩いています。

いつかまた、老後という似たような人生に戻るのでしょうか。
なんだかそんなことを考えた週末でした。

 

2.12

濃い緑の葉を茂らせた大きな樹が一本、
風に吹かれながら冬陽の中に立っていた。

どういう加減か、強い光とやむことなき冬の風は、
その樹のすべての葉という葉から、
無数の銀の泡沫を立ち昇らせた。

ざわざわと揺れる度に沸き上がる銀の歓喜。
葉にまといつき、泡粒同士が絡み合い、
消える間もなく空へと生まれ出る無限の光のさざめき。
それは煌めきながら脳裏をくすぐる。

遠い日に記憶に刷り込まれた、
童話の世界・・・いいえ。

生きたことのない時代と国の、
とある街を吹き渡る風・・・いいえ。

それはただ、樹と光と風と、
そこにあったという奇跡。
奇跡に出会えたという涙。

 

1.28

80歳くらいのお花の先生が、突然恥ずかしそうに、
「私、キンキの剛が好きなのよー」
と言いました!@@
なんだか嬉しいです(=^^=)、いくつになっても、
こんな可愛い女性でいたいです(=^^=)。

 

1.27

すごく久々に「お気に入りのお宝たち」を更新しました!
し、しかし(^^;、どう読んでも、
メインの展示よりも常設のもののほうに力が入っていて、
それより更に、
美術館を出てから出会ったあるもののほうに興味がいってます(^^;

その「あるもの」とは・・・。
以前このページを見て下さったある方が、
「広隆寺の弥勒菩薩のそっくりさんが韓国の美術館に入ってる」
と教えて下さったことがあって、かなり気になっていたのですが、
まさにそれのレプリカ像だったのです!@@
しかも、昨日の断想で広隆寺の弥勒さまのこと書いたばかり。
なんだかな〜(=^^=)、こういう偶然って、すごく嬉しいのです。
信仰心のない私ですが、自分に都合のよいこんなことがあると、
をを、仏のお導き!と調子のよいことを思ったりして(笑)。

 

1.22

富本銭の出土地、やっぱり埋められてしまうのでしょうかねぇ。
奈良、そのままでいいのに・・・
文化施設を建てるより、
何もないほうが歴史を感じられるのに・・・。

・・・とは県外に住む者の勝手でしょうか(^^;

 

1.13

ネットでお世話になってかれこれ一年になる方が、
突然外国へ行っておしまいになると知りました。
が〜ん(;;)。
寂しくなるよう、壮行会しようね、たまには顔見せてね・・・
とチャットしていて、ハッと気づきました。
もともとネットでだけのお付き合い、
お会いしたのもたった3回です。
外国だろうが宇宙だろうが、先方にパソコンさえあれば、
今となーーんにも変わらない!(笑)
おろおろ取り乱した自分がちょっと恥ずかしくなったりして(=^^=)

でも。
でもね、物理的な距離というのは、
それでもやっぱり大きい様な気がします。
二度と会わないとしても、
すぐに逢える所にいるのとちょっと手間のかかる所にいるのと。

この世とあの世も同じことなのでしょうね、
二度と会うことのない古い友達でも、
亡くなって決して逢えなくなるのとは、訳が違うのです。

 

1.12

思った通りを言葉に表すのって、
とても難しいです。
「今日は寒い」
と書くなら子供でも可能ですが、
どう寒いと感じたのか、
風が冷たかったのか、空気が凍てついていたのか、
湿った寒さか乾燥したそれか・・・
今日と昨日の寒さは違いますから、
最も適した言葉を探し出すのはとても苦労します。

心の中のことならなおさら。
辛いと感じた時、どう辛いのか、
実は自分の感覚にぴったりの言葉って、なかなか出てきません。
一生懸命探してみます。
それってつまり、自分の心をじっくり観察することにもなるわけで、
単に辛い仕事だと思っていたことが、そのこと自体ではなく、
人に認められないことが辛いだけだったとか、
落胆していると思っていたことが、実は強烈な悔しさだったとか、
なんだか意外な展開を見せたりします。

けれど、そう言う、スッと心に添う言葉が見つかると、
それだけでなんとなく楽になって前が向けますし、
本当の原因がわかるわけですから、
対処方法も見つけやすくなります。

辛くて苦しくて、どうしようもなく煮詰まってしまった様なとき、
心の中身を徹底的に文章にしてみるって、
後ろ向きのようでいて、実は最短の浮上法かもしれません。
決して書きなぐるのではなく、じっくりと、ゆっくりと心を見つめて。

 

1.11

土日の救急外来に、
訳あってよく行きます。
テレビで見かけるような慌ただしい雰囲気も、
「○○さんっ、しっかりっ! ○○さんっ!」
なんて悲痛な叫びもないものなんですねー。
みなさん冷静、いたって静かです。

でも昨日は救急車が同時に二台到着、
僅差で後から運び込まれた方は、
救急車の寝台のまま廊下で待たされて、
ひどく辛そうでした(;;)。
設備や人件費の削減はどこも同じでしょうが、
病院だけは心おきなくお金をかけて欲しいものです。

三時間待ちの三分治療、いつもしんどいですが、
お医者さんは昼も摂らずに朝から午後まで診察、
そのままオペ、夜は当直、その間に入院患者さんの巡回と、
とても人間業とは思えないハードワークをこなしてます。
他にも事務的な仕事だってあるでしょう・・・。

私が縁のある病院だけがそうなのかもしれませんが、
とにかく医療現場の労働環境の向上、
患者からもお願いしたいものです。

 

1.10

やっと初詣に行きました。
古いお札を収める場所で、ふと耳にした会話。
二十代後半の女性二人が交わしていました(^^;

「ねえ、ここ、古いもの捨てる場所でしょ?」
「うん」
「旦那も持ってくればよかったね」
「そうだね、おぶって持ってきたかったよ」
(ケラケラケラ・・・笑)

旦那さま方、捨てられないでね(^^;

 

1.6

幾重もの巻雲のひだをよぎって、
たっぷりと豪快な飛行機雲が一筋、
夕焼け目指して進んでいました。
時が永遠に続くと、
錯覚させてくれる美しさでした。

 

1.4

音楽に滅法弱く、家事のBGMにラジオを流すことはあっても、
CDを買ったり借りたりしてまで何か聴きたいとは思わない私が、
唯一買ってしまうのが、東儀秀樹さんのCD。
「のほほん茶」のCMに使われていて、
ご本人も出演なさってる、と言えばおわかりのように、
聴き易く作曲された「雅楽」です(^^)

・・・これ、以前もここで書いたかしらね(=^^=)、
最初聴くと、なんかはっきりしない妙てけれんな曲なのに、
二度め以降、とても懐かしく耳に入ってくるのですわ。
西洋音楽と異なって、ドとレの間にある無数の音を、
すべて表現しようというのが雅楽の音の出し方なのだとか。
西洋人には、だから雑音となって聞こえるのでしょうが、
日本人には心のどこかにひっかかる音なのでしょう。

で、まあ、その東儀さんが元いた「宮内庁楽部」の現在の様子が、
2日のNHKスペシャルで取り上げられていたのですが、
ご覧になった方、いますでしょうかねー。
1300年、特定の家に口伝で伝えられてきた伝統。
その継承者が、戦争などの混乱で減少してしまい、
今では一般人(!)からも生徒をとっているのだとか。
(ちなみに東儀さんは楽師仲間で言うこの「戦争」とは、
二次大戦ではなく「応仁の乱」のことだと言ってました(爆)。
そんな時の流れの中に生きているのですねー)

番組では、現在いるわずか数人の学生さんの授業風景を、
ご本人へのインタビューとともに垣間見せてくれました。
この口伝というのがなかなか大変そうで、
最初の課題が楽譜なしで6時間だかかかる大曲を覚えることだとか、
(数ヶ月かけて!!)
笛ひとつとっても、曲をすべて口で発声できるようになるまでは、
楽器にさわらせてももらえないとか、
うたと楽器の他に体力のいる舞楽の舞いも覚えるとか、
毎年三回の実技だけの試験に7年間合格し続けて、
それでやっと卒業だとか・・・
そんな未知の厳しい世界が驚きでした。

でも、一番うなってしまったのは、その普通とはまったく違う世界に、
数人とは言え高校生がちゃんと飛び込んでいたということ。
インタビューされた二人の動機は、
子供のころから邦楽が好きだったからこの道を進もうと思った人と、
ふとしたきっかけで雅楽を聴き、もうこれしかないと思った人と、
別々でしたが、これだけ一般とはかけ離れた世界、
進ませる親御さんもかなりの決意がいったのではないでしょうか。
(高校は、楽部での授業が終わった後、
宮内庁近くの定時制に通うのだそうですよ@@)。

そして思ったのは、こういう伝統の世界、
普通に生きていたら多分一生縁がないだなんて、
すごく勿体ないと思ったのです、せっかくの伝統なのだから。
しかも、興業に成り下がっていない、群を抜いて古い。
ちゃんと子供の頃から触れさせていれば、
あるいはもっともっとたくさん、興味を持つ子がいるかもしれません。
知らないというのは本当に残念なことだと思いました。

・・・実は私が子供時分にこういう世界をちゃんと知っていたら、
あるいは進路は全く別のものになったかな?と今は思うからです。
当時はより偏差値の良い学校へ行くこと以外、
どこにも別の価値体系は見あたらなかったですから・・・。

今からでも遅くないみなさん、
別に雅楽へ進めとは言いません(笑)、
なるべくいろいろな世界を見て、
現在目の前にある「学校」という価値体系以外にも、
無数の価値があるのだと知るとよいですよー、
そうすれば「学校」の価値もまたちゃんと見えてくるでしょうから(^^)。

・・・あーあ、なんだかとりとめなく長くなってしまいましたね(^^;
抜けた3日分と思ってお許し下さい(^^;

 

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