大好きなものたち「ミレニアム奈良」付属1
ごめんなさい、あなたの声が未だ聴けない。
あなたの姿がまだ見えない。
かそけき彫り跡に見えたのは、やわらかな優しさと、
あなたの刻まれた石の肌の温かさだけ。
それでもあなたを好きだと言っていいのでしょうか。
必死であなたを見ようと焦る私にあなたが見せてくれたものは、
一瞬の境界の消滅、あなたに包まれる私の姿。
それからあなたが微笑みながら眺めていた、長い間の私たちの風景。
あなた自身の姿は、まどろみの中に隠してしまわれた。
もういちど、来ます。
必ず、あなたの姿を覚えに来ます。
* * *
どうしたことだろう、石という確たる素材に刻まれて、舐めんばかりの目前にありながら、この三尊石仏はゆらゆらと視界から逸れていつまでも姿が定まらない。見据えたくて目を凝らすうちに、やがてそのやわらかき灰色の肌が、私の両の耳元に温もりとともに展開しているのに気づく。見ているつもりが包み込まれていた。
瞬間、私と石仏の境界が消えた気がした。
だがすべてはまどろみの中。定かと言い切ることはできない。否、まどろみこそが、この石仏の持つ温かき非現実に最も近しいものかもしれない。
およそ石仏とは、町中だの山道だのに佇み、人々の生の祈りをせっせと叶えて暇がないもの。断ち切れずに寄せ来るおびただしい煩悩をまとって祈り続けているのが常。
けれどこの小さな御寺のおにぎり三尊は、もう何百年もの過去に人の願望を昇華する役目を果たし終え、以来まどろみの中でひたすら優しさを以て己が身を彫り続けていたかのよう。
もはや存在するかどうかも問題にならない程、かろやかでほのかな笑みをまとって小高いこの御堂から世の中を眺めおろす御姿は、春日をとらえて香り豊かに吹き過ぎる花の風にも似て・・・。
彼の三尊のまどろみにうずもれて、永遠の無為をさまよいたい誘惑に、ただ石という物質の持つ手触りだけが目覚めを促すのかもしれない。
* * *
砂岩で出来た一辺一メートルを越えるほどの巨大な三角おにぎりの中に、左右に合掌する菩薩立像を従え、中央に天蓋と光背を伴って台状のものに倚座する如来形が浮き彫りされたこの石仏は、白鳳時代のもの。セン仏や押し出し仏でよく見る図柄の半肉彫りの三尊像です。
伝えでは薬師三尊だそうですが、中肉中背でバランスのよい中尊は薬壺を持たずに両手を重ねています(親指を合わせない定印?)。
兵庫県の古法華寺のものと並んで日本最古の石仏だそうで、額田王の念持仏だったという伝えもあります。
初めてこのお寺に来てこの石仏の前の扉が開かれた時、たいして期待もしていなかった私はまさにアッと息を呑みました。巨大おにぎりというその形、石仏というその質感、しかしそこに刻まれているのはそれらに相反するような正統派の端正な白鳳仏の姿。
石で夢違観音が彫れますか?おにぎりの中に山田寺仏頭を入れますか? そんな疑問に躊躇なく「はい」と答えて更に彼らよりも突き抜けた高貴さを漂わせる三尊像。
自分の持っていた「石仏は素朴、金銅仏は重厚」というありきたりの観念が、パリンと砕けて散るのを感じました。
それから再び逢えるまでに10年以上かかりました。二度目の邂逅はミレニアム奈良に書いたように予想外のものでしたが(笑)、最初に受けた感動が薄れるものではありません。
更に新たに千数百年前の石のレリーフなのに風化による経年変化を感じさせないことに気づきました。大切に大切に、伝えられてきたのでしょうね。
各像の足許を見て下さい、ぺたんと立っている足がふうわりと優しいです。
中尊の頬に宿るほのかな影も愛おしく、よく見ると口元と、向かって右脇侍の裳すそや下部のぴらぴらした装飾部分に朱があっけらかんと残っています。
面白いのは向かって左の脇侍の足許に水瓶らしきものが置いてあること、それがおじぎをしながらぴょこぴょこついて歩いているように見えること(笑)。
すべて、あるべきものがあるべき所にある姿です。
これ以上高貴な仏像は知りません。
同時にこれほど素朴で親しみやすいものも知りません。
そんな不思議な魅力をそなえた三尊です。
このお寺からは、長野の松代の清水寺(せいすいじ)さんへ、かつて観音像が贈られたそうで、10年前にそれを聞いて松代まで会いにいったことがあります。・・・無明にも、その時の記憶がほとんどないのですが、畑の続く中のごくさりげないお寺だったことだけは覚えています。
今回訪ねた折りのカギ当番のご主人が、大祖父さんから聞いた話として、白布でぐるぐる巻きにされた観音さまが大八車に乗せられて長野に旅だったのだ、と教えて下さいました。
何故長野へ?との問いに、ご主人は言いにくげに「村がお金に困っていた・・・ということはないとは思うけれど・・・」と、言葉を濁しながら教えて下さいました。
まさか奈良から長野までずっと大八車ということはないでしょうし、お金のからむことであったとしても何かわけがあったのでしょうから、調べればいろいろわかりそうな気がします。
けれど、村のため、白布で巻かれて大八車で長野へ売られて行った観音さまのお話、そのまま信じていたい気持ちになりました。
残された三尊石仏のほうは、高みに位置するこの御堂から、人間の賢さもおろかさも、同じ笑みで眺めおろして倦むことがありません。きっと、白布に巻かれた同僚の姿も、その眼に優しく記憶されているのでしょうね・・・。
それにしても、見る者の煩悩を払拭するのが仏像のひとつの役目だとしたら、この三尊像は最もそれに適しています。あまり人も訪れない山間で、村人に守られてただそこにある姿は、ごく自然で迷いも無理も無駄もなく、それがかえって人を驚愕させます。
おすすめの一体(^^)。