■聖徳太子展
場所 東京都美術館
訪問日 2001.12.1
聖徳太子。
卒論の時期、真冬に磯長谷の太子廟までご挨拶(笑)に行った私にとっては、古代史の中でも特別の存在。
なので是非とも見にいかなければ気の済まない展覧会ではありました。
でも、太子信仰となると・・・興味はあっても同調はできません。
特に没後100年の日本書紀編纂時に既に伝説にまみれていたことは、私には残念でした。
事実を拾い出すのを難しくしたのは皮肉にもこの信仰のせいなのではないか、と。
(結局卒論は太子のことではなくなりましたが(笑))
・・・というような思いを胸に、更に旦那に預けた子供を気遣いながら向かう都美。
まして今日は土曜、どんなに混雑していることか。
さて・・・どんな鑑賞ができるかな?
しかし意外にもチケットは並ばずに買え、ガラスケースの前に立てないほどの混雑でもなく、おばさまたちのおしゃべりもトーンが低く、(季節柄帽子のおじさまも少なく(笑))、土曜の都美にしては上出来でした。
(いや、主催者側にしてみれば、押すな押すなの大混雑のほうが嬉しいのでしょうが)
展示はまず飛鳥時代の仏像が最初の階に並び、上の階は太子信仰に関係するものが並びます。
実はその仏像のほうを見終わったところで子供がずっと泣いているという連絡が入り、それ以降の展示は走りながらザザーと見ただけでした。
まあ、飛鳥時代の仏像が見られたので、よしとしなければ。
(でもやっぱり残念(;;)、だって天寿国繍帳断片が来ていたの・・・ですよね?)
以下、気になったもののみ、羅列します。
(番号はカタログによります)
1釈迦如来及び脇侍像(戊子年銘)
光背の線刻に圧倒されます。
小さいのにこの量感はどこから来るのでしょうか。
線のすべてがあるべきところにある安心感。
豊かで幸せなうねりです。
2菩薩立像
これも冠の線刻が美しい立像です。
法隆寺金堂釈迦三尊像の脇侍に似ていて、カタログの写真より金ピカしています。
約57pという像高が一層不可思議な魅力を醸し出します。
小さいので重厚とまでは言えず、かと言ってかわいらしいという代物でもない。
妙な圧迫感のある像です。
3菩薩立像
腹部で重ねた両手にひとつずつ珠をとる形。
像高約20pの小像で、風化も手伝い今までなら見過ごしていただろう像です。
でも、今回会って、わずかに傾げた首、物問いたげな口、珠を抱いてやわらかに折った腰に、おずおずととまどいながら初子を抱く母親の姿を見ました。
作者は、我妻の初々しい母性に仏を見たのかもしれません。
4菩薩立像
流れる様なフォルムの印象的な、でも欠損も多い小像。
たとえば中世ヨーロッパの王女たちを思わせる、下半身の衣が豊かな像です。
似ているというわけではないのですが、平等院の雲中供養菩薩を思い出しました。
5菩薩立像
左右対称性が強く、作りのおとなしい小像。
けれど私はこの像の両腕に流れるようにかかる天衣がとても気に入りました。
大好きになれそうなのに、どこか違うと思っていたら、後でカタログを読めば頭部が後補なのですね・・・残念。
寺院跡からの出土仏。数少ないそうです。
6菩薩立像
像高90p以上のおおぶりの木造仏。
大きくて抑揚のある顔面部分に比べて、薄べったくそそくさと彫ったかの様な体部。
その顔は不気味と言っていいほど実在感があり、看板の如き体とのアンバランスが凄まじいです。
見る者の目や脳を突き抜け、どこか体の奥に深く埋まってしまう様な像です。
この像に何を感じるか・・・それは自らも知らない心の深奥なのかもしれません。
9観音菩薩立像(夢違観音)
悪夢をよい夢に変えてくれるという像。
でも、私の目には、この像自身が見るたびに姿を変えているような気がするのですが・・・。
これほど見る場所によって印象の違う像は他にありません。
今回はとても華奢で、下半身のすらりと長い美麗なお姿でした。
11菩薩半跏像
金銅製、朝鮮三国時代の小像です。
「やあ!」とばかりに上げた右手(後補だそうですが)や、組んだ足の下に翻るようにつけられた衣も印象的ですが、むしろ左右から見た時の台座を覆う豪華な裳が素敵でした。
これでもかとばかりに刻みつけられた裳は、上半身の素っ気なさとあまりに対照的。
どんな意図があったというのでしょうか。
13弥勒菩薩半跏像
野中寺のものです。
スネ部分にあたる衣の文様が心地よいです。
子供の描く太陽かひまわりみたいな単純であどけない形ながら、絶妙のバランスで配されていて、とても心地よいんですもの。
まだ20代の頃、野中寺を訪ねたら皆法事で出払っているので拝観中止と言われたことがあります。
でも留守居のおいじいさんに泣きついて見せてもらいました。
一対一で、小さな和室の小さなお厨子を開けて、保護のためにかけてある小さな座布団を自分でそっと取りのけて、そうしてご対面あいなった時の感動を思い出します。
ガラスケースの中でライトアップされたお姿には、手の届かないもどかしさと、なんだかうらさびしいものを感じました。
10菩薩半跏像
今回の目玉出品、中宮寺の弥勒様です。
少女のようだと評されるこの像だけれど、私には一度もそう見えたことがありません。
今回も、もっとずっと野太いものを感じました。
右上腕など、よく熟した中年男性のそれでは?
それからどうにも不思議だった、あの胸。
どうとも表現できない違和感をもっていたのですが、今回四方から拝することができたので謎が解けました。
向かって右横から見ると、肩から胸にかけてカンと張った湯たんぽみたいなのです。
それが不器用に前方に折れていて、まるでロボットのようにとてもきゅうくつ。
これが正面からの違和感のもとだったのですね。
少女の様に可憐に見えるのは、写真写りがよすぎるせいでは?(笑)
ところで、展示の高さの関係で、近づくとまず踏み下げた左足の先が目に入ります。
座っているというのに艶やかな葡萄粒の様な五指を少し上げて足裏を見せ、今しも歩き出すかのようです。
右足も足首を深く折って動き出しそうなのを、左手がそっとおさえているようにも見えます。
そして頬にあてられた右手の指。
今にもハラハラと折り畳まれてしまいそうな、あえかな風情です。
これは深く思惟している姿ではありません。
思惟を解いて、今まさに立ち上がり歩き出さんとしている姿。
56億7千万年先のお姿なのではないでしょうか。
さて、実見による感想はここまで。
太子信仰のいろいろは走り抜けながら横目でチェックしただけです。
でも、カタログを見ていて気づきました。
数々の太子像の並ぶページをパラパラマンガのようにめくってください。
不思議なことに、ひとつひとつをじっくり見るよりはるかに鮮やかに、時代が遺した太子への想いが伝わってくるのです。
おそらく、一体一体は特に好きな像ではないのですが、これだけ作られ残ってきたという事実が重いのでしょう。
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ところで、今回のおばさん語録のヒットは、半跏像を見ながらの、
「まあ、お行儀の悪い座り方して・・・」
でしょう!(^^;
お、お行儀・・・悪かったのか、菩薩たちってば(笑)。
そして羨ましかったのは、中宮寺の弥勒さまの部屋に立っていた警備員さん!
あなた様は日がな一日あの弥勒様と対話できるのですねっ!
なんと豪勢にも贅沢なお仕事か・・・って、対話なんかしてたら仕事にはなりませんけどね(^^;。
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■データ
東京都美術館
東京都台東区上野公園8-36
п@03-3823-6921
JR「上野駅」公園口より徒歩7分
または営団地下鉄、京成電鉄「上野駅」下車徒歩10分
(上野公園内)
「聖徳太子展」会期
2001.10.20〜12.16
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