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美術館・博物館巡り

ここは私が時々出かける、主に都内(とその周辺)の、
美術館、博物館での感想を述べるページです。
分野は雑多、好き嫌いの激しい勝手な感想です。
所在地、会期情報などは、<データ>を参考にして下さい。
これまでの記録はこちら

■更新記録 2002/1/6 竹内栖鳳展 2001/12/6 聖徳太子展

没後六十年 竹内栖鳳展

場所 日本橋高島屋8階ホール
訪問日 2002.1.4

暮れの新聞で、12/29〜1/14まで日本橋高島屋で竹内栖鳳展開催!と知った時にはどうしようかと思いました。
29日に子供を旦那に預けて行ってしまおうか?
・・・しかし年末の大忙しの時期、やっと休みに入ったばかりの旦那にそれを言い出す度胸はなく(笑)、結局明けて4日、旦那の初出勤を待って子連れで出かけました。
好きなんです、竹内栖鳳(=^^=)。

この人の作品は、色や線ではなく、筆遣いで質感や雰囲気、余情といったものを表現することが多く、その不思議な軽ろみに惹かれています。
絵を見ると、青空に羽毛や綿毛が舞っている様なすっと軽くて楽しい気持ちになれるのです。
他の日本画家さんでも洋画家さんでも、西洋の作品でも、真面目で真剣なもの、思い詰めた様な緊張感、時には多く絶望を前面に感じます。
もちろんそれが心を打つわけですが、竹内栖鳳の描くものは、それらを突き抜けて軽やかに見えるのです。
たとえ伝統的な山水画でも、どこか気軽で楽しい(=^^=)。
芸術を難しく高尚なものと思いがちな観覧者たちを、いつも斜め後ろから鼻で笑っているのかもしれません。
(と、私は思います・・・美術、詳しくないので(^^;、一般論とは思わないでくださいね(笑))

さて、会場で。
子連れだったため、入口の方が即座に「お荷物お預かりしましょう」と言って下さったことにとっても感動。
リュックサックとコート類を預けて身軽になったので、子供を抱っこしてサクサクと見て回りました。
竹内栖鳳展は同じ高島屋で10年以上前にやったのと、練馬美術館で5年前にやったのと、二度しか見たことがないはずなのですが、多くの作品に見覚えがありました。
とすると、今回出品作が代表的なものといっていいのでしょうか。
しかし大きな掛け軸を天井の低いデパートの展示ボックスに吊しているので、作品によっては目線より下に展示されていて、なんだか・・・普通に言えばあまり好ましくない展示でしたが、よく言えば新鮮でした(笑)。
筆致など研究する人にはよく見えていいかもしれません。

印象的な作品は、まずやっぱり大きな金屏風にライオンだの象だの虎だのが、あくまで日本画的なのに妙に写実的に描かれた作品たちです。
ライオンなど(12・大獅子図/番号はカタログから。以下同)、毛並みや顔のシワひとつひとつまで写実的に描かれていると思えば、キバだけ墨線で水墨画の練習みたいに描かれていて、すごく変。
なのに違和感がなく、それがまた妙な気分にしてくれます。
絵の本質は描くことで、決して写すことではないとユーモアまじりに釘をさされているような・・・。

象(15・象図)に至っては、墨だけで、いたずら描きかせいぜいデッサンの様な軽い筆遣いで描かれていて、それが金屏風という物々しさとあまりに対照的なことにまずびっくりします。
そして、そのいたずら描きのような筆致で、しかも象の肌の質や重量感、動き、表情、なんだか優しい気持ちまで描き出していることに肝を抜かれます。
部分を見ると墨の線でしかないのに、全体を見ると確かに象が歩いているのです。
・・・背中のカゴに乗った猿が飛ぶ小鳥を指さしているのですが、何を意味しているのかしら・・・。

虎(70・雄風)は晩年に近い頃の作品で、ライオン・象とは趣が異なりますが、わずかな墨の量でいかにものそっとした虎の雰囲気を出していて、しかも人を小馬鹿にしているかの様な表情までにじんでいて(笑)、非常に楽しいです。

同じ動物では、木の上からこちらを見ている子熊を描いた、18・熊
これは・・・見ると笑っちゃいますから、是非見て下さい(笑)。
こんなのを描いてやろうと思ったご本人の心を想像すると楽しいです。

25・晴海28・潮沙永日は静嘉堂文庫の「河口」とよく似た海辺の風景画です。
しかし、描かれているのは風景を装った情感、日本人の胸底に流れる歌のようなもの。
たぶん、本州の太平洋側の海を見慣れた人には強い郷愁を抱かせるのではないでしょうか。

16・アレ夕立に23・絵になる最初は、数少ない人物画で、いずれも評判になったものです。
どちらも女性の顔はほとんど隠れていて着物の柄のほうが目に焼き付きます。
なのにどんな美人図よりたおやかな女性らしさが芬々と匂い立つのです。
考えてみればたしか平安時代の日本女性は非血縁の殿御の前では顔を見せないものでした。
現代でも宗教によっては女性は顔を隠す国もあります・・・ありました、かな(^^;。
そんなことは意味も価値もない男尊女卑の差別的愚行、と排斥するのも納得ですが、もし女性の女性性や神秘性をよく表す仕草だとしたら、竹内栖鳳が意図的にかどうか、その構図を女性表現に使ったのも、また納得がいくのです。

ところで、見ているうちにどの絵の前でだったか、腕の中の子供が「じょーず、じょーず」を連発してました。
それでつい、「そうね〜、お絵かき上手ね〜♪」と言ってしまってから、ハタと、東の横山大観と並んで西の竹内栖鳳と言われる人の作品をお絵かきと称し、上手と評してしまった蛮行に、思わず周囲の視線を気にしてしまいました(笑)。
でも、なんだかそれでいい気がします。
芸術を高尚で特別なものと考える必要はどこにもないのです。
お絵かき上手というその楽しさこそ、日本画の技法の上に西洋近代の写実主義と東洋の伝統を昇華させて、その上で主義や伝統を乗り越えた自由な境地に至った竹内栖鳳の素晴らしさなのではないかしら。

彼の作品自体の現在の評価は知りません。
佳作は多くても傑作は少ないのかもしれません。
東の大観が今年東博で大々的回顧展となるのに比べて、また、弟子筋のほうが有名だったりすることからして、専門家の評価は高くないのかもしれません。
でも、私は好きです(^^)。

上に書いた以外でも、色がはみでた真っ青なカツオとか、墨をこぼしてしまったかと思うような風景画とか、こんな鶏いるか?と笑えるのに何より鶏らしい闘鶏の図とか、うさぎのフンみたいにころころした犬とか、羽根にまで血が通って暖かく見える鳥たちとか、胸高らかに踊る骸骨とか、繊細でやわらかな富士山とか、牛の背でうつむく愛らしい童子のなんとも言えない表情とか、小動物の頓着ない闊達さとか、竹内栖鳳ともあろう人がこんなの残して大丈夫?と心配になる戯画の類とか・・・とにかく面白いです。

ご本人が「80翁になってから」とおっしゃっていたのに、残念ながら78で亡くなられたそうで、もしもっと長生きしてらしたら、極められた至高の作品が出来たのかもしれません。
でも、亡くなられたのは昭和17年。
太平洋戦争の本格的惨禍に巻き込まれる前で、もしかしたらよかったのかもしれません。作品にとっても。

■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

■データ
日本橋高島屋8階ホール

東京都中央区日本橋2丁目4番1号
TEL 03−3211-4111
営団地下鉄銀座線・東西線、都営地下鉄浅草線「日本橋駅」直結
JR「東京駅」からも歩けます(所要時間不明、すみません)。
「竹内栖鳳展」会期
2001.12.29〜2002.1.14


その後
大阪なんば高島屋
大阪市中央区難波5丁目1番5号
TEL 06−6631-1101
2002.1.30〜2.11

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■聖徳太子展

場所 東京都美術館
訪問日 2001.12.1

聖徳太子。
卒論の時期、真冬に磯長谷の太子廟までご挨拶(笑)に行った私にとっては、古代史の中でも特別の存在。
なので是非とも見にいかなければ気の済まない展覧会ではありました。
でも、太子信仰となると・・・興味はあっても同調はできません。
特に没後100年の日本書紀編纂時に既に伝説にまみれていたことは、私には残念でした。
事実を拾い出すのを難しくしたのは皮肉にもこの信仰のせいなのではないか、と。
(結局卒論は太子のことではなくなりましたが(笑))

・・・というような思いを胸に、更に旦那に預けた子供を気遣いながら向かう都美。
まして今日は土曜、どんなに混雑していることか。
さて・・・どんな鑑賞ができるかな?

しかし意外にもチケットは並ばずに買え、ガラスケースの前に立てないほどの混雑でもなく、おばさまたちのおしゃべりもトーンが低く、(季節柄帽子のおじさまも少なく(笑))、土曜の都美にしては上出来でした。
(いや、主催者側にしてみれば、押すな押すなの大混雑のほうが嬉しいのでしょうが)

展示はまず飛鳥時代の仏像が最初の階に並び、上の階は太子信仰に関係するものが並びます。
実はその仏像のほうを見終わったところで子供がずっと泣いているという連絡が入り、それ以降の展示は走りながらザザーと見ただけでした。
まあ、飛鳥時代の仏像が見られたので、よしとしなければ。
(でもやっぱり残念(;;)、だって天寿国繍帳断片が来ていたの・・・ですよね?)

以下、気になったもののみ、羅列します。
(番号はカタログによります)

1釈迦如来及び脇侍像(戊子年銘)
光背の線刻に圧倒されます。
小さいのにこの量感はどこから来るのでしょうか。
線のすべてがあるべきところにある安心感。
豊かで幸せなうねりです。

2菩薩立像
これも冠の線刻が美しい立像です。
法隆寺金堂釈迦三尊像の脇侍に似ていて、カタログの写真より金ピカしています。
約57pという像高が一層不可思議な魅力を醸し出します。
小さいので重厚とまでは言えず、かと言ってかわいらしいという代物でもない。
妙な圧迫感のある像です。

3菩薩立像
腹部で重ねた両手にひとつずつ珠をとる形。
像高約20pの小像で、風化も手伝い今までなら見過ごしていただろう像です。
でも、今回会って、わずかに傾げた首、物問いたげな口、珠を抱いてやわらかに折った腰に、おずおずととまどいながら初子を抱く母親の姿を見ました。
作者は、我妻の初々しい母性に仏を見たのかもしれません。

4菩薩立像
流れる様なフォルムの印象的な、でも欠損も多い小像。
たとえば中世ヨーロッパの王女たちを思わせる、下半身の衣が豊かな像です。
似ているというわけではないのですが、平等院の雲中供養菩薩を思い出しました。

5菩薩立像
左右対称性が強く、作りのおとなしい小像。
けれど私はこの像の両腕に流れるようにかかる天衣がとても気に入りました。
大好きになれそうなのに、どこか違うと思っていたら、後でカタログを読めば頭部が後補なのですね・・・残念。
寺院跡からの出土仏。数少ないそうです。

6菩薩立像
像高90p以上のおおぶりの木造仏。
大きくて抑揚のある顔面部分に比べて、薄べったくそそくさと彫ったかの様な体部。
その顔は不気味と言っていいほど実在感があり、看板の如き体とのアンバランスが凄まじいです。
見る者の目や脳を突き抜け、どこか体の奥に深く埋まってしまう様な像です。
この像に何を感じるか・・・それは自らも知らない心の深奥なのかもしれません。

9観音菩薩立像(夢違観音)
悪夢をよい夢に変えてくれるという像。
でも、私の目には、この像自身が見るたびに姿を変えているような気がするのですが・・・。
これほど見る場所によって印象の違う像は他にありません。
今回はとても華奢で、下半身のすらりと長い美麗なお姿でした。

11菩薩半跏像
金銅製、朝鮮三国時代の小像です。
「やあ!」とばかりに上げた右手(後補だそうですが)や、組んだ足の下に翻るようにつけられた衣も印象的ですが、むしろ左右から見た時の台座を覆う豪華な裳が素敵でした。
これでもかとばかりに刻みつけられた裳は、上半身の素っ気なさとあまりに対照的。
どんな意図があったというのでしょうか。

13弥勒菩薩半跏像
野中寺のものです。
スネ部分にあたる衣の文様が心地よいです。
子供の描く太陽かひまわりみたいな単純であどけない形ながら、絶妙のバランスで配されていて、とても心地よいんですもの。
まだ20代の頃、野中寺を訪ねたら皆法事で出払っているので拝観中止と言われたことがあります。
でも留守居のおいじいさんに泣きついて見せてもらいました。
一対一で、小さな和室の小さなお厨子を開けて、保護のためにかけてある小さな座布団を自分でそっと取りのけて、そうしてご対面あいなった時の感動を思い出します。
ガラスケースの中でライトアップされたお姿には、手の届かないもどかしさと、なんだかうらさびしいものを感じました。

10菩薩半跏像
今回の目玉出品、中宮寺の弥勒様です。
少女のようだと評されるこの像だけれど、私には一度もそう見えたことがありません。
今回も、もっとずっと野太いものを感じました。
右上腕など、よく熟した中年男性のそれでは?
それからどうにも不思議だった、あの胸。
どうとも表現できない違和感をもっていたのですが、今回四方から拝することができたので謎が解けました。
向かって右横から見ると、肩から胸にかけてカンと張った湯たんぽみたいなのです。
それが不器用に前方に折れていて、まるでロボットのようにとてもきゅうくつ。
これが正面からの違和感のもとだったのですね。
少女の様に可憐に見えるのは、写真写りがよすぎるせいでは?(笑)

ところで、展示の高さの関係で、近づくとまず踏み下げた左足の先が目に入ります。
座っているというのに艶やかな葡萄粒の様な五指を少し上げて足裏を見せ、今しも歩き出すかのようです。
右足も足首を深く折って動き出しそうなのを、左手がそっとおさえているようにも見えます。
そして頬にあてられた右手の指。
今にもハラハラと折り畳まれてしまいそうな、あえかな風情です。
これは深く思惟している姿ではありません。
思惟を解いて、今まさに立ち上がり歩き出さんとしている姿。
56億7千万年先のお姿なのではないでしょうか。

さて、実見による感想はここまで。
太子信仰のいろいろは走り抜けながら横目でチェックしただけです。
でも、カタログを見ていて気づきました。
数々の太子像の並ぶページをパラパラマンガのようにめくってください。
不思議なことに、ひとつひとつをじっくり見るよりはるかに鮮やかに、時代が遺した太子への想いが伝わってくるのです。
おそらく、一体一体は特に好きな像ではないのですが、これだけ作られ残ってきたという事実が重いのでしょう。

■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

ところで、今回のおばさん語録のヒットは、半跏像を見ながらの、
「まあ、お行儀の悪い座り方して・・・」
でしょう!(^^;
お、お行儀・・・悪かったのか、菩薩たちってば(笑)。

そして羨ましかったのは、中宮寺の弥勒さまの部屋に立っていた警備員さん!
あなた様は日がな一日あの弥勒様と対話できるのですねっ!
なんと豪勢にも贅沢なお仕事か・・・って、対話なんかしてたら仕事にはなりませんけどね(^^;。

■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

■データ
東京都美術館

東京都台東区上野公園8-36
п@03-3823-6921
JR「上野駅」公園口より徒歩7分
または営団地下鉄、京成電鉄「上野駅」下車徒歩10分
(上野公園内)
「聖徳太子展」会期
2001.10.20〜12.16

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