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更新記録 2001/5/7 国宝 醍醐寺展

国宝醍醐寺展

 

場所 東京国立博物館
訪問日 2001.5.4


醍醐寺は、天智天皇六世の孫という煌びやかな出自と、空海の孫弟子という肩書きを持つ聖宝によって、貞観16年(874)に創建されたお寺です。
京都の南方、古くから修験道で有名だった笠取山の山上に建てられた、当初は草庵ひとつだったそうです。
この時、山の守護神が白髪の老人となって現れて、わき出る霊水を飲んで「ああ、醍醐味なるかな」と言ったので醍醐寺と命名されたそうです。
延喜7年(907)にここを御願寺とした醍醐天皇の「醍醐」というおくり名も、このお寺を愛した故に贈られました。
こうなると神様のひとこと・・・とされるものもどんどん責任が重くなってしまって、最初にそんな話を作った人は慌てたかもしれませんね(笑)。
ちなみに今でも醍醐味という表現で使われる醍醐とは、究極の乳製品のことらしいですが、実在はしない仏教上のたとえなのですって。

由緒と歴史のあるこのお寺も、度重なる戦火で堂宇とともにかなりのお宝が焼けたそうです。
それでも現在、国宝・重文に指定されているものが三万点以上、その他のものをあわせると十万点以上の寺宝が伝えられていると聞くと、自分のものじゃないのになんだか安心して嬉しくなります(=^^=)。
この秋の霊宝館改修完了を前にして、百点以上のお宝を東京で見せてもらえたのは、京都にほとんど行ったことのない私には有り難い出会いでした。

ゴールデン・ウィークの久しぶりに晴れた一日だったせいか人出は相当なもので、良い物が多いとは知りつつ、またぞろ仏画・経典類は横目で見ながらとにかく仏像!と意気込んで人混みをかきわけて進みました。
実は入口正面に一体だけ仏像が、金色の穏やかな如意輪観音坐像がいらしたのですが、これは私の範疇外なので感想は省略。単に好みの問題です。

対照的に、今回驚愕するほど良いと思ったのは、仏像の部屋の最初に安置されていた快慶の初期の作の弥勒菩薩坐像
一目して非常にすがすがしくて綺麗な仏さまだと思いました・・・ひょっとすると今まで見た中で、綺麗と言えばこれが一番かも。

第一に心ひかれたのはライトの工夫で艶やかに輝く瞳。
わずかに寄り目の両の瞳の端が、たっぶりと水を含んで潤う様に光っています。
その大きく豊かな目を軽く伏せて、人を避けて己の足許をでも見つめるかの様な、恥じらってでもいるかの様な視線を落としているのです。
生きた瞳だったのです。
試みに視線の落ちる、像の直前まで行って眺め上げてみましたが、当然のことながら視線があうはずもなく、ある一点を境に私の頭上をなめらかに越えて彼方へと吸い込まれていきました。

次におやと思ったのは、肩の力が抜けてふわりと安らかな体躯。
喉元から下が薄いので、少し遠目で見ると光背と一体化して平面に描かれた画像のように見えるのです。
そしてお顔だけが立体的に浮かびあがって見えます。
それがただでさえ整ったお顔を更に強調して、なかなか不思議でよい塩梅なのです。

それから横顔。
特に向かって右から拝した時の鼻梁の美しさには惚れました。
もともとあまりに整った顔の仏像は好きではないはずなのですが、ここまで綺麗だと胸が焼ける様に取り憑かれてしまいます。
しかも瞳の光のせいか生々しい実在感があるのです。
こんな生々しさで、五十六億七千万年もどうやって過ごすおつもりなのでしょうか。

作は鎌倉時代、木造に金泥が施されたしっとりした風合いで、勿論玉眼。
X線撮影で、もとどりの中に舎利を納めた五輪塔が埋められているのがわかったそうです。
・・・そういえば、佐藤藍子さんでしたっけ、字が違うかもしれませんが、目の大きなタレントさんがいますけれど、彼女に似てると思いました。
それ程生々しく整ったお顔だったということです。

さて、仏像コーナーの最も奥まった所には、今回の出展の目玉、上醍醐の薬師堂の薬師如来さまが、180p近い座高でドカンと鎮座ましましてました。
左右にはちょっと小ぶりの脇侍さん、日光・月光菩薩です。
このお薬師さま、写真等で拝見するといかにも堂々とした威厳に満ちた表情に見えますが、実際に拝すると、なかなかどうして曲者なお顔(笑)。
「フフン」とせせら笑うような口元をしています。
それに大きな体躯と筒のような太っちい腕に比べて、なんとも似合わぬちん丸っこい薬壷がそう見せているのか、こんな時代劇の悪者みたいな声が聞こえてきます。

「ぬぅーっはーっはー、この薬壷が欲しいとな? ぬるいわ。もっと苦しめ。充分に苦しんだらくれてやるぞぉ〜」

まあ、なんてことをおっしゃる薬師さま!
しかも両脇侍さんまで「そういうわけですので、お引き取りを」とすげない表情!
・・・しかし、です。
しかし、この悪者ぶった言葉の奥には、安易に他に頼った楽な道を行くのではなく、自分で苦しむだけ苦しんでみよ、そうすれば道は自ずと開ける。
神仏をたのむのは、それでもどうしようもなくなった最後の最後にせよという、深い心が隠れているように聞こえたのです。
わざと悪者ぶってる実はいい人という、まさに時代劇にうってつけの役柄みたい(笑)。

作は醍醐天皇の発願で聖宝が造営開始、途中で亡くなったため弟子が引き継いで、延喜13年(913)頃に完成したという来歴の明らかな貴重なもの。
木造一木造りで漆箔が施されています。
醍醐天皇が病気になると、その痛むところと同じ部分に金箔を貼って平癒を祈ったのだそうです・・・無事痛みはひいたのでしょうか。

そして薬師三尊の手前に安置された巨大な仁王像がまた笑えました。
すごい頭でっかちで、怒ってるくせに可愛いんですもの(笑)。
しかも横から見ると無理を感じる程のおデブでどうだと言わんばかりのボリュームなのに、前から見るとまるで板彫りのような薄っぺらさなんです。
特に書かれたものは見つけられませんでしたが、この作風には何か意味でもあったのでしょうか。
長承3年(1134)、勢増・仁増の作で木造寄せ木造り。
西大門に安置されています。

仏像の最後にこれまた笑える五大明王像を書いておかなければなりません(笑)。
坐像の不動明王の周りに、等身よりひとまわり小ぶりな、6本または8本腕の金剛夜叉明王、降三世明王、軍荼利明王が立ち、更に足もたくさんある大威徳明王が牛に座って控えています。
何が可笑しいって、みんなひん剥いた丸目を一生懸命つり上げて無理矢理怖く見せようとして目が乾いちゃったみたいな顔してて、口元はあんた吸血鬼?と聞きたくなる程あまりに誇張されていたのです(^^;。
かわった表現なんです。
中年太りのタポっとしたお腹で座る不動明王はなんだか影が薄く、牛に乗った大威徳明王は失礼ながらアホ面のひょうろく牛にバカ面が乗ってるようで(笑)、およそ品性というものを感じさせない造りながら、妙に妙に気になる存在でした。
特に立像の三体は膝っ小僧が変にリアルで愛おしく、体つきも異形なのに不自然でなく、あまりの現実感ゆえ、なんとなくワサッと抱きしめられそうな予感までしました。
こんないっぱいの腕で抱きしめられたらちょっとすごそうです(笑)。

10世紀作の木造彩色像です。

以上、結局仏像だけですが、感想です。
絵画等では、やはり文殊渡海図絵因果経が印象的で、俵屋宗達の舞楽図屏風の物憂い緊張感にも心ひかれました。
それと写経を見て、足利尊氏ってあどけない字を書いていたのねと思いました(笑)。

 

<データ>

東京国立博物館
東京都台東区上野公園13−9
п@03−3822−1111
NTTハローダイヤル 03−3272−8600
JR上野駅または鶯谷駅、京成電鉄上野駅下車、各徒歩10分
地下鉄上野駅下車、徒歩15分
(上野公園内)
「国宝醍醐寺展」会期
2001.4.3〜5.13
会期中展示入れ替えなし

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